心の鍵はここにある
何、この人

 目の前で電話をしている先輩から視線を外し、先程購入してもらったコーヒーに口を付けた。
 ブラックだから後味もそこまで残らない。
 ストローで中の氷をかき混ぜながら、先程の先輩の言葉を頭の中でリプレイさせる。
 私ときちんと向き合いたいって、それは先輩が私を好きだと解釈してもいいのだろうか。
 ……いや、きちんと好きだと口にして貰えるまでは信じちゃ駄目だ。
 でも、再会したその日の、『今日からまた、里美は俺の彼女』の発言もある。
 がしかし、十二年前に聞いた『里美だけは無理』。
 この言葉が、やはり重くのしかかる。

 どうしても、この言葉の呪縛から解き放たれなければ、私は先輩の事を素直に受け入れる事が出来ないのかも知れない。
 この言葉を否定する言葉を、あの時先輩が口を開いて弁解しようとしたのを自ら拒否してしまったから、どうすることも出来ないけれど……。
……やっぱりあの時にきちんと聞けば良かったかな。
 後悔先に立たず。
 いつもより早く到着したせいで、時間配分を考える。会社に着いてから着替えて、金曜の午後に仕分けした荷物の配布に、各部署からの稟議書の仕分けに……。
 今日やるべき事を頭の中で整理しながらコーヒーを飲んでいると、先輩の電話が終わった様だ。
 そして、すまなそうな表情を見せる先輩。

「……里美。申し訳ない。今からここに、会社の奴が来るけどいいか?」

 私は店の壁にかけてある時計で時間を確認する。まだ出社するには早すぎる。でも、邪魔はしたくない。

「……お仕事の話なら、私は邪魔になりますからもう出ますね。
 コーヒー、ご馳走になりました。ありがとうございました」

 私はそう言って自分の分のコーヒーを飲み干すと、空いた容器を片手に席を立つ。
 先輩はそんな私を見て焦って私の腕を掴んだ。

「一緒にいて欲しいんだ。……来るのは、この前、駅で里美を睨みつけた女だから。
 彼女は俺の大学時代の同級生で、中山ゆりって言うんだ。
 その……。学生時代にちょっと色々とあって、未だずっと告白されてて断り続けてるんだけど、彼女を見るまで諦めないって言ってて。
 この前、駅で会ったら会ったで、きちんと紹介されてないって訳わからない事言い出して。
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