モブ転生のはずが、もふもふチートが開花して 溺愛されて困っています
「けがはない?」
「ええ。平気よ。ありがとう」

 エミリーはマティアスの手をとり起き上がった。
 その光景は小説の始まりのシーンそのもので、私はエミリーに続き、ヒーローであるマティアスが現れたことに密かに大興奮していた。

 なにを隠そう、私はマティアスが大好きだった。太陽のようなオレンジ色の髪、くっきりとした目鼻立ちに、モデルのような抜群のスタイル。イラストでしか見たことのなかった彼の美貌は、現実だとさらに破壊力を増していた。
 それであって小説内ではすべてを包み込むような優しさ、女性をリードする男らしさもあり、性格にも文句のつけようがない。
 前世の私はいわゆる〝こじらせ女子〟で、いつか自分の前にもマティアスのような王子様が現れると信じて疑わなかった。そもそも女の子は誰だって、一度は王子様というものに憧れる生き物だと私は思う。

「フィーナ、どうしたの?」

 エミリーとマティアスの様子を、ぽかんと口を開けたマヌケ顔で眺めていた私に、エミリーが声をかけてきた。
 気づいたらもう、そこにマティアスの姿はない。はっとして首を横に振ると、颯爽と先を歩いていくマティアスの後ろ姿が目に入った。

「い、いえ。なんでもないです。エミリー様が無事でよかったですわ」
「ありがとう。それより今私を助けてくれたひと、第二王子のマティアス様よね? すごく素敵なひとだったわ」
「……そう、ですわね」

 頬を赤らめてマティアスを見るエミリーを見て、私は複雑な心境だった。
 だって、これから私は小説通りの筋書きでいくと、エミリーとマティアスが結ばれるのを間近で見続けることになるから。ときにはふたりのキューピッド役も買って出なければならない。
 ……〝フィーナ〟に転生したからには、それが私に課せられた運命なのだとしても、ちょっと微妙な気分だ。前世の推しの恋を応援する立場なんて。ああ、こんなことならやっぱりエミリーに転生したかったわ。
 自分の運命を恨みながら、こうして前世の記憶を取り戻した私の学園生活はスタートした。
 
 それからは、言われた通りエミリーの付き人兼友人として過ごしてきた。
 しかし、二か月くらい経ったころ、私はとある違和感を感じた。そして気づいてしまった。エミリーの性格がめちゃくちゃ悪いということに。
 これはどういうことなのかと、私は寮の自分の部屋で頭を抱えた。
 エミリーは王都に屋敷があるので、寮生活はしていない。なので私にとってエミリーから解放される場所は、寮にいる時間だけだった。

 部屋で私は何度もエミリーというキャラクターを思い出した。メモに小説を読んだときに感じたエミリーのイメーシを書き出したりもした。それを見ると、今一緒にいるエミリーが本当にあのエミリーなのかが信じ難くなり、余計に頭を悩ませた。
 エミリーは明るく、笑顔が素敵で、誰にでも優しいみんなから愛されるひと――のはずなのに。

「ちょっとフィーナ、私の席ちゃんととっておいてと言ったでしょう!」
「……ごめんなさい」
「何回言えばわかるのよ。のろまなんだから」

 私が一緒にいるエミリーは、傲慢で、口を開けばわがままを言う、愛されキャラには程遠い女性だった。
 完全に私を見下して引き立て役にしているうえに、付き人という名のパシリ扱い。私がやらされていることは、侍女と同じだ。私とエミリーのあいだには、主従関係こそあるものの友人関係はない。
 なぜエミリーがこうなったのか、理由はわからない。小説の世界とはちがうことが起きてしまい、エミリーの性格が変わってしまったのかもしれないし、元々エミリーはこういう人間だったのかもしれない。
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