モブ転生のはずが、もふもふチートが開花して 溺愛されて困っています
「それで、君は今後どうするんだい?」
「……え?」
「来年度の前期分の学費締め切りまで、あと数日残っている。私としては、君のような努力家な生徒は、ぜひともアルベリクに残ってほしいところなんだが」 

 机の上に肘を乗せ、両手を組みながら理事長は私に微笑んだ。眉が下がっているのは、自分が難しいことを言っているという自覚があるからだろうか。

「理事長直々にそう言って頂けただけで、私は誇らしく思います。……卒業することはきっと叶いませんが、最後の日まで、アルベリクの生徒の名に恥じないよう努めさせて頂きますわ」
「……そうか。まぁ、ひとの事情に首を突っ込むわけにもいかないからな。私はこれ以上なにも言うまい。しかし、マルトやほかの生徒たちも、君が寮から去ると知ったら悲しむだろうな。もう報告はしているのか?」

 理事長の問いかけに、私は首を横に振る。

「言っていないのか?」
「はい。言うタイミングがわからなくて……。引きとめられると、自分にも迷いが生じそうで。まだここにいたいって強く思えば思うほど、それができない現実を受け入れるのがつらいとわかっているんです。だから、許されるなら学年末パーティーが終わったら、誰にも言わずこっそり帰ることにしようかなって」

 幸いにも、学年末パーティーの次の日から春休みだ。大荷物を抱えて屋敷へ帰っても、誰も変に思うことはない。
 もしかしたら停学になったときのように、エミリーが勝手に私の退学を言いふらして、既にみんなの耳に入っていそうだけれど。

「君が決めたことにとやかく言うつもりはないが、後悔だけはしないようにしなさい」
「……はい」

 後悔だけはしないように――。頷いたものの、自信はなかった。

「学園をやめても、いつでもここへ遊びにきていいからね。私が他国から取り寄せた、お気に入りのお茶をご馳走しよう」
「ふふ。ここは校長先生のお部屋ですよ?」
「問題ない。私は校長より偉いからね」

 校長先生より上の立場とは思えないくらい、親しみやすい笑みを浮かべる理事長に、私もおもわず自然と笑顔が溢れる。

「理事長、いろいろと……ありがとうございました!」
「こちらこそ、君がこの学園にきれくれてよかったよ」

 正直、通っている生徒は癖が強くてたいへんな学園だったけど……理事長がこのひとで本当によかった。
 私は深々と頭を下げると、校長室を後にした。
< 86 / 108 >

この作品をシェア

pagetop