約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

「……終わったから、帰るよ」
「あれ、もう?」
「もうじゃなくて、やっとだよ! 私、お腹減ってるんだから!」

 自分の存在が愛梨の仕事を邪魔したのではないかと思ったが、そうではないらしい。愛梨の膝に置かれたリングファイルは最後のページで、捲るとそこは裏表紙だった。リングファイルを閉じた愛梨に凄まれたので、すかさず次のカードを切る。

「じゃあ一緒に何か食べに行く?」
「ユキ……お願いだから人の話聞いてよう」

 半泣きになった愛梨が可愛すぎて、ついつい遊びたくなってしまう。疲れたようにパソコンの電源を切った愛梨に続き、雪哉も椅子から立ち上がった。先程と違いあっさりとした口調で誘ってみたが、やはり簡単には落ちてくれない。

 2人で部署を後にし、エレベーターで1階へ降りながら、そっと溜息をつく。

「愛梨が身持ち固すぎて、嬉しいような悔しいような複雑な気分だ」
「お疲れさまです。7階、私で最後です」

 エレベーターを降りた所に、丁度セキュリティチェックのための警備員がいた。警備員に簡潔に報告してすぐにその場を離れた愛梨の背中を追い、小さく文句を呟いてみる。

「愛梨こそ、人の話全然聞いてないな」
「え、ごめん。何?」

 不思議そうに首を傾げられてしまうので、『これは中々手強いな』と悟る。

 愛梨は天然という訳ではないが、恋愛に関してはやや抜けているところがあるように感じる。彼氏に変に染められていないようにも、異性のアプローチを綺麗にスルー出来るよう教育された結果のようにもとれる。どちらにしても手強いのは確かだ。

「じゃあ、また明日ね。資料、早めに持っていくから」

 そう言って愛梨が進むのは、雪哉の帰り道とは逆の方向だ。10日程前に待ち合わせた愛梨の家の最寄り駅と、会社の位置を頭の中で確認する。未だ慣れない日本の路線図を思い浮かべ、愛梨とはそもそも使う駅が違うのだと思い至った。

 別れの言葉を告げられ、顔をじっと見つめていると愛梨の首が少し傾く。

「いや、久しぶりだなって思って。愛梨に『また明日』って言われるの」
< 107 / 222 >

この作品をシェア

pagetop