約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

「で、仕様書がここ。最初に渡したやつ無香料タイプだったよね? 香りが違うのって他に3種類あるんだけど…」
「全部借りて行こうかな。それも総務に申告した方がいい?」

 総務課の担当者より、雪哉の方がよっぽどリスクマネジメントがしっかりしている気がする。こうして確認してくれるので愛梨は密かに感心したが、それについての心配は無用だ。

「大丈夫だよ。『上層部(うえ)からちゃんと許可もらってるから、通訳さんのご随意に』だって」

 先程電話で言われた言葉をそっくりそのまま申し伝え、棚からファイルを引き抜く。パラパラと捲って返却された資料を元の場所に戻すと、今度は依頼されていた別香料タイプのものを探して雪哉に手渡す。

「あと、同じ製品で小容量タイプのやつもあって……」

 それは少しだけ、棚番号が異なる。小容量のものは通常製品ではなく、トラベル用品や試供品として扱われているので―――上の棚だ。

 壁側に寄せてあった2段の脚立を引っ張り出すと、そこに足を掛ける。高さで言うと30cmほど上昇したに過ぎないが、それで資料は容易く手に取れるようになった。

 脚立の上でファイルを開くと、すぐに目的のものを見つける事が出来る。中から小容量タイプの仕様書を引き抜き、脚立から降りようとして。

 脚立の金具に低いヒールが引っかかった。

「ふわっ!?」
「愛梨!」

 右足の降下に伴って降りて来る筈の左足が、脚立の上に残された。円滑な動作を信じて疑っていなかった身体は咄嗟に反応が遅れ、足からはカクンと力が抜けてしまう。転ぶと気付いたのが先だったか、防衛反射が先だったのかは分からない。

 気付くと身体は雪哉の腕の中に収まり、転倒しないようにとしっかり抱き留められていた。
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