約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 羞恥心と快感に負けた身体から、カクンと力が抜けた。身体の位置が急に下がった事に驚いて、雪哉が身体を離してくれた。けれど腰に回された右腕はそのままで、床に膝を突くことなく途中で身体の落下が止まる。

「はぁ…、…っ、は…」

 ようやくまともな呼吸が出来るようになっても、まだ頭がぼーっとする。力が抜けた時に離れた雪哉の左手が、愛梨の身体を更に引っ張り上げてくれた。

「ごめん、気持ち良すぎた?」

 くすくすと笑う声と意地悪な台詞が響いて、一瞬で思考が覚醒する。けれど反論は出てこない。

 何とか足に力を入れて踏ん張ると、熱を帯びた雪哉の瞳がじっと愛梨の顔を覗き込んできた。

「今日は『浮気になる』って言わないんだ?」
「……!」

 真実を見破られたような心地がして、思わず顔を背ける。ついでにぎゅっと目を閉じてみるけれど、現実は何も変わらない。

 言わない。だって、浮気にはならないから。もう弘翔とは別れてしまったから『浮気だ』なんて言えない。

 俯いていると、雪哉の優しい問い掛けと熱を持った吐息が再び耳朶にかかった。

「俺の事、まだ好きになってくれない?」
「な……なら、ないよ…」
「……そう。ほんと、素直じゃないな」

 溜息をつく雪哉の言う通りだ。素直じゃない。子供の頃みたいに、素直じゃなくなってしまった。

 弘翔は、別れの理由を『愛梨と雪哉が両想いだと知ったから』だと語った。

 でも違う。今の愛梨は、雪哉の事が好きなわけじゃない………はずだから。

 もうただの幼馴染みではないと思う。幼い頃からよく知っていると言うだけでこんなキスはしないことぐらい、流石に分かる。けれど雪哉の事を好きなのか? と問われれば、やっぱり即答はできない。自分の心を、素直に受け入れられない。

「まぁ、言わせても仕方がないか。愛梨が自分から言ってくれないと」

 愛梨に決定打を言わせようとしていたらしい雪哉が、諦めてそっと離れた。密着していた距離が開き温度が遠のくと、急速に思考がクリアになる。

 そのまま愛梨の家を後にしようとした雪哉が、ふと動きを止めて振り返った。少し困ったように笑った雪哉の視線と声は『執着心』を超えた甘さを帯びている。そしてひどく優しい声で、愛梨に小さな魔法をかける。あるいはまじないか、呪いのように。

「愛梨、早く俺を好きになって。次は多分、止められないから」
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