約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 1度だけ愛梨の方を見る。やはりそこにいたのは、勘違いではなく愛梨だった。

 まだ呆然と雪哉の姿を見つめている愛梨に、話しかけようか迷う。だが専務も不思議そうな顔をしてじっとこちらを見ている。

 どうしようかと迷ったが、さっさと終わりそうな方を先に済ませて、愛梨とは後からゆっくりと話すことに決める。愛梨には、話したいことがあまりにたくさんありすぎるから。

 エレベーターから出ると、受付前のソファセットで浩一郎(こういちろう)友理香(ゆりか)が待機しているのが見えた。待たせてしまって本当に申し訳ない気分になる。雪哉が待たせた訳ではないけれど。

「愛梨?」

 後ろから聞こえた音に、ドキリと心臓が音を立てる。エレベーターに一緒に乗っていた男性に『愛梨』と呼ばれている。やはり勘違いではなかった。間違いなく彼女は――

「ドラッグストア寄ってく?」

 耳に届いた言葉が、唐突に雪哉の思考と聴覚を奪って支配した。その声は専務が喋り出すよりも一瞬早く、後に続いた専務の言葉は一切聞き取れなかった。背後から聞こえる声に、全ての意識を持っていかれたから。

「だから、うちに置いておく用のシャンプー買っておけば、って」

 男性が発したその言葉は、雪哉の思考を完全停止させるには十分な破壊力を持っていた。瞬間、世界中から音が消えてしまった気がした。

(………………は?)

 自分の間抜けた声だけがどこか遠くから聞こえてくる。目の前で何かを話している専務と、こちらに気付いた浩一郎と友理香が近付いてくる事は分かった。だが、不思議な事に音が一切聞こえなかった。
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