約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

「あ、雪哉~!」

 こちらの存在に気付いた友理香に、遠くから声を掛けられ手を振られた。打ち合わせと訊いていたが、どうやら今は雑談中なのかそれほど張り詰めた状況ではないらしい。それならば、と場の空気に甘え、頷きながら近付く。

「友理香。良かった、ここにいて」

 ワークラウンジにいた他の社員たちに目礼すると、先ほど依頼された案件を友理香に申し伝える。中国語は彼女の得意分野で、今の雪哉にはまだ踏み込めない領域だ。

「デスクに上げてあるA案件からC案件まで中文翻訳してくれるか。データ処理でいいから」
「急ぎ?」
「多少」

 首を右に傾げられたので頷き返す。すると瞳の奥で流星を煌めかせた友理香が、にこりと可愛らしい笑顔を浮かべた。

「ハグしてくれるなら、やってあげでもいいよー?」

 友理香が間延びした声で明るく言うと、直後に空気がどよめいたのがわかった。

 こういうところだ。
 悪目立ちして頭痛を覚える状況。

「しないよ」
「えー、いつもしてくれるじゃない」
「した事ないだろ…」

 呆れたように呟くと、友理香が不満気に、けれど想定済みの反応であるようにクスクスと笑う。

 日本ではそういうコミュニケーションはあらぬ誤解の元になる。アメリカにいた頃も必要以上に他人とハグなどしなかったが、日本にいる今は尚更ハグの必要性を感じない。

 溜息をつくと同時に、踵を返す。友理香は質の悪い冗談と生意気な口調が玉に瑕だが、仕事はきっちりこなすことが出来ると知っている。とりあえず用件は伝えたし、時間もないので急がなくてはいけない。

 だが振り返って顔上げた視界の先に見えたのは、デスクに座ったまま驚いたような顔をしている愛梨の瞳だった。

(え…? なんでここに…)
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