イチゴ 野イチゴ

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  小さい頃

 それは、ミイナが小さかった頃の話だ。
 近所のガキ大将がミクとよく遊んだ。
 たくさんの友だちと鬼ごっこ、誰が鬼になるかでもめてそれで近所のガキ大将が鬼になった。

 ミクもミイナもどこに隠れようか迷って、人が入れそうな場所を探した。
 ミイナは神社の物置の裏側にこっそり潜んでいた。
 ミクはその隠れている場所からすぐ目の前にある小さなお堂の中に入って小さくなった。

 大きな神社はかくれんぼにはうってつけの場所だった。
 見つけた~、そんな声がたくさんして、きゃあきゃあ笑う声が聞こえて少しずつ近寄って来る。
 神社の入り口から人が歩く物音がガサガサと聞こえてくる。

 ミイナは息を殺して小さくなった。
 物置の脇の隙間からクスクス笑う声が入ってきたのを感じると顔を覆っていた手の隙間からガキ大将の男の子と目があった。
「ミイナ、みつけた!」

 今では思い出す事もない記憶とシュチエーション。
 目の前に広がる懐かしい幼い世界。

 そんな幼い自分を見つめながら、ミイナは優馬の手を握りしめて立っていた。
 優馬はミイナの手を握って目の前の光景を眺めている。
 眺めている二人の姿は、子どもたちには見えないのだろうか。誰もこちらに目線を送らない。

 遥か昔の何にも覚えていない幼い頃、ずっと遠くの方にある微かな記憶だ。

 だけど、目の前の光景はまさしくミイナとミクの記憶で間違いなく、この後どうしたんだったか、思い出せない。
 だけど、どうしてだか胸が痛くなるのはなぜだろう。
 苦しい気持ちと忘れていたかった気持ちが湧きあがる。

 ガキ大将は悪戯っぽい笑いをこらえながら、「よっしゃあ~!鬼終了!」
と言った。

 自分たちより一つくらいお兄さんたちの様で、小学三、四年生くらいの男の子や女の子。

 ミイナはまだ、みつけられていないミクの事をそのままにして、お兄さんお姉さんと早く遊びたくて駆け出した。

 目の前に転がっていたほうき。
「そこに立てかけておけば」
 何でもない事のようにミイナは言う。

 ガキ大将の男の子は、ミクが隠れている小さなお堂の前に竹でできたほうきを斜めに置いた。

「もう、帰る時間だから戸締り戸締り」
 そんな声を確かに聞いていたのに、ミイナはそのまま走るスピードを落とさなかった。

 
「可哀想だったね、泣いちゃうよね」
 優馬が呟いた。胸のどこかがチクンと痛み唇をぎゅっとかみしめる。
「だけど気づいていなかったんだよな、ミクが中にいるなんて、きっと」

 お堂の中のミクは小さな手に力を入れて中から扉を押し開けた。
 ガタガタ、力を込めて押してもほうきがつっかえ棒になって開かない。
 じき、中からミクの鼻をすする音がして、小さな声が響いてくる。
「だして~ミイナ~」

 そうだ、その後のミクを覚えている。
 涙のあとが埃にまみれて黒く筋になって顔についていて、身体も埃まみれだった。
 あたしはだまったまま、ミクに謝りもしなかった。

 なんであの時あたしは、ミクをそのままにして帰ってきたんだろう。

 ガキ大将はいつも言っていた、走ってついてくるあたしに。
 「ミソッカスがいやなら、ミソッカスを作ればいいじゃん!誰か連れて来いよ」
 いつでも遅れてミソッカスみたいに足手まといだったミクは、あたしにとって最高に都合いい仲間だった。

 
 その言葉を思い出した途端、ミイナは急に寒気がして足元をみると右足は黒い雲の中に見えなくなっている。
 優馬を見上げたミイナの顔は、どんな表情なのかわからなくて目があった時優馬はぎょっとした。
「仕方ないさ、過去は消せないよ、胸は痛むけど」
 ミイナは顔を横に振って、違うと言った。
 ちがう、あたしは、ガキ大将の男の子がこの辺のリーダーだったしそのグループに認められたかっただけなんだ。
 ミイナをミソッカスにしたいなんて思っていた訳じゃない。
 同じ顔をしているから、ミクを犠牲にしようなんて思ったわけじゃない。

「ミイナ、心の奥の気持ちを思い出してみるといい」
 心の奥の気持ち、ううん、ミクがどんな思いをしてもいいなんて思っていないよ。
 おんなじ顔をしていたって、あたしたちは二人別々の人間なんだ。ミクとミイナと。
 それでも、悲しい気持ちはわかってあげられたはず。


 それは夏休みの田舎での話。目の前に現れたのはさっき見た光景より少し幼い頃のミイナだ。

 おばあちゃんが真夏に遊びに行くとスイカを切り分けてくれた。
 縁側でスイカを食べていると近所の子どもたちが集まってきて、ミイナは都会っ子という特別な存在で注目された。
 おばあちゃんは、三面鏡の前で、髪をお団子に結い上げてくれて金魚の柄の浴衣を着せてくれた、水色の金魚だ。
 暑い昼間はガンガンの日差しに真っ黒になりながら、田舎の友だちと遊んだ。

 中でも、ガンちゃんというガキ大将がいた。
 ガンちゃんは大切にしているキラキラした石ころを、ミイナに見せた。
 それは、川の石ころがたくさん転がっている場所で、他の子が見つけたのをガンちゃんが横取りしたと聞いていた。
 手に取ると光に反射して青白くピカピカ光って宝石の様だった。
 ザラザラの手触りとツルツルの手触りが複雑に入り混じって、手の中で転がすと癖になる。

 ミイナはガンちゃんにお願いした。
「学校の宿題のノートに写真を撮って乗せたいから一日貸して!」
「ああ、明日の朝に返してくれれば貸してやる!」
 しぶしぶ、ガンちゃんはそのきれいな石をミイナに貸してくれた。

 翌日、ガンちゃんは石を返せとやって来た。
 そこでミイナは、そ知らぬふりをした。
「あたし、ミクだよ。ミイナはガンちゃんちに石を返しに行ったよ」

 ガンちゃんは、二人を区別できないだろうと思った。
 おばあちゃんはなぜだか、二人を間違えた事がなかった気がしたけどその場にはいなかった。
 その言葉を聞いて、ガンちゃんは慌てて家への道を走って急いだ。
 ミクはそんな事は知らずに、寝ていて起きて来たから今あった出来事を教えてあげると怪訝そうな顔をした。
「ミイナはミイナだよ。ミクはミクだよ。そんなウソついちゃだめだと思う」

 ミクはガンちゃんを追いかけていくと言って、キラキラした石を部屋から持ってきた。
 なんだか、いつもうじうじ悩んでいるミクがはっきりした意思で立ち上がったのが面白くなかったミイナは、ミクの手から石を奪い取った。
「だって、これ最初に見つけたのは、他の子だったよね。それを横取りしたって聞いたじゃん!これくらいの事したって罰あたらないじゃん」
 いつもと違って、ミクはミイナをにらみつけた。
 いつでも、おどおどしてミイナのいう事に頷くだけだったミク。
 すごくすごく、イらっとして手にある石を広い草の生い茂る庭に向かって、思い切り力いっぱい投げたミイナ。

 太陽の光を受けてその石はピカピカッと輝いてゆっくりと落ちて行った。
 二人で、その様子をただ見つめていると、ガンちゃんが汗をかきながら息を弾ませて、現れた。

「おお、探しちまったぜ。石返せよな」
 家まで往復したのか、息を吸い込む度肩が上下して首筋を汗が流れる。

「ごめん、今二人でどっちがガンちゃんに返すかで喧嘩になっちゃって、庭に落としちゃったの」
 そういうとミクは裸足で庭に降りると、確かこの辺だったよ、と言って石の落ちた付近の草むらに入っていく。
 それが、競争みたいな気分になったミイナは、ミクより早く石を探さなくちゃと思っておばあちゃんのサンダルをはいて、庭に出た。

 広い庭にはたくさんの草が生えていて、後ろの方から声が聞こえてきた。
「あれま何してるかと思ったら。どうせだから庭の草むしりをやっておくれよ!」
 おばあちゃんは、のんきなものだ。

 それでも、ミクが大きな声で「は~い」と返事をしたので、ミイナも返事をする。

 ガンちゃんはしぶしぶ、二人が入って行った木の下の草がぼうぼうになっている中に入ってくる。
「なんで、こんなところに転がったんだ?」
 ブツブツ文句を言いながら、雑草をむしり出した。
 三人とも、一生懸命草むしりをして汗をかいた。

 どれくらいした頃か、ミクが大きな声をあげる。
「あった~~、あったよ、ミイナ!」
 自分がした事も忘れて、ミイナも嬉しくなってミクのそばに走った。

 それは、もう少しでおばあちゃん家の庭から飛び出て隣の家に入ろうかという場所に転がっていた。
 やっぱり、キラキラして白いガラスのような粒々の中に水色やピンク色が光っている。
「きれい!」
「ほんとだ!」
 庭で見るその石は、夕べ見た時より輝いて見えて二人は物凄く嬉しくなって笑った。
 ガンちゃんも嬉しそうに笑った。

「草むしり、ご苦労様」
 おばあちゃんが手作りの大福餅をお盆にのせて、縁側で手招きをした。
 クルミを砕いて味噌と一緒に練った餡が中にはいっている餅だ。

 そうだ、あれ美味しかったっけ。
 ミイナは目の前に流れている今はもう忘れ去っていた記憶の映像にほろ苦い、そして何か忘れているようなどこかが違っているような気持ちが広がっていくのを感じた。
 この記憶は誰の記憶なんだろう。あたし?それとも、ミク?

 縁側で大福を食べている子ども三人を見ていたミイナは呟いた。
「あたしって、意地悪だったんだね」
 独り言みたいだけど、確信したように。

「そんなことないよ。誰だって子どものときはそんな事あるもんさ」
 優馬は笑った。
 優しい笑顔でミイナは少しだけ、意地悪な自分が許された気分になる。

「けど、二人ともいい所も悪い所もあるって事だよね」
 そうだ、あんな事もあったんだと不思議に納得していた。
 ミクはいつでも、決断することもできないままミイナの決定にうじうじと悩んでいる女の子だと思っていた。
 でも、あの時はっきりと間違っていると言った。躊躇することもなく。

 こんなに長く一緒にいるのに気がつかなかった。
 いや、忘れていただけなのかもしれない。
 ミイナは自分の足元をチラリと見た。
 足はちゃんとある、きっちりと指先まで感じることができた。


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