花鎖に甘咬み



大股で歩いて、カウンターに向かう。

ちとせの隣の椅子に無造作に腰かけて、カウンターに突っ伏しているちとせの顔を見れば、重力で頬がふにゃっとひしゃげていた。


こんなところで寝れば、肌に跡がつくだろ。

ちとせの上体を雑に起こして、それから自分の肩にもたせかけると、その様子を見ていた伊織が目を細めた。



「ほんと、過保護おばけやな。全ッ然マユらしくなくてウケるわ」

「伊織、口調。戻ってんぞ」

「いいやろ、別に。今はマユしか聞いてないし」



ちとせが起きている間は徹底的に作った口調だった。


パーソナルスペースをすぐに明け放すような距離の近さで接するわりに、伊織は線引きが厳しい。ともすれば、俺や花織よりもずっと。

強化ガラスのような壁で意識的に、他者が踏みこむのを許さないところがある。


伊織が素で喋っているところなんて、俺か、花織かしか聞いたことがないはずだ。




「てか、そのためにちぃちゃんに寝てもらったワケやし。聞かれると都合悪いこと、色々あるから」

「んな事は解ってる」




何の目的もなしに睡眠薬を盛るヤツではないと知っている。

ちとせの耳を気にせずに俺と話すためだ。



二人で話す必要があるからと、ちとせを一人で放り出すわけにはいかない。それが分かっている以上、これ以上ないくらいの最善手とは思うものの、“薬を盛られた”という事実が単に気に入らない。



「ちぃちゃん、あと10分ほどで目覚めるやろから手短にね」



堂々とにこにこ笑う伊織を軽く睨む。

それでも全く動じない目の前の男に、息をついて、それからポケットの中を探った。


金属質のジャラついた “ソレ” を指先に引っ掛けて、カウンターに置く。



「これ、返しとけ」

「ああ……“鍵” ね」




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