花鎖に甘咬み


ひた、と止まる。


ここまで呼びかけても一度たりとも、止まってくれなかった真弓の足。それで、真弓は横目でなにかを確認して。


かと思えば。



────ガッ。




「え゛っ」



鈍く金属じみた衝撃音。

とつぜん闇をつんざくように響いたその音に、びっくりして、あわてて真弓を見上げる。



え、今。
今……。



「蹴っ、蹴った?」



道の脇の壁みたいなところを、今、あなた蹴りやしませんでした?

私の見間違いじゃなければだけど。いや、この目で今しかと見ましたけど。



「なに。今さらビビってんのかよ」

「違うってば! いきなり建物に蹴りを入れるとかフツーに意味わかんないから! 真弓が私にブチ切れていきなり豹変したのかと……」



言いかけて、気づく。

そういえば、真弓って豹変しなくとも、最初から「あぶない人」なんだった。



はー……と息をついて。

それでもちょっとくらいは毒づかせてほしい。



「足グセ、悪すぎでしょ」



真弓のすらっと伸びた足をまじまじと見つめる。


うわあ、ムダに長い足だ。
これでそこかしこを蹴り飛ばすなんて、ムダに長い足のまさにムダ遣い。


おしとやかにしろとまでは思わないけれど、とつぜん壁を蹴り飛ばしたりはなるべくしないでほしい。心臓に悪いので。



「なに勘違いしてんだか」

「はい?」



未だにびくびくする私に、呆れたように目を細めた真弓。

先ほど蹴り飛ばした箇所に、片腕をついて、ぐっと押しこんだ────ら。



ガゴンッ。



重い金属音とともに、なにか板のようなものが奥に倒れていく。

目を見開く私を誘うように、目の前に人間サイズの穴がぽっかりと開いた。



「どーぞ」




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