花鎖に甘咬み
「全部、ぜんぶ変わると思ったの! 北川の屋敷に閉じこめられて、お嬢様の肩書きにしばりつけられたままの、窮屈でちっぽけで退屈な日常から抜け出せると思ったの! 〈黒〉のひとたちに追いかけられて絶対絶命ってときに、真弓が現れて手を差しのべてくれて、その手があったかくて、ほっとしたの、見つけたって思ったの!」
まくし立てる私に、真弓がぽかーんと呆気に取られたように口を開いている。
「私が真弓のことを信じるのは、真弓が私にとって、たったひとつの希望だから」
「ちとせ、お前マジで何言って────」
「真弓が、私のことをまだ見たことのない広い世界に連れ出してくれるって思うから! です!」
無造作にテーブルに放り出された真弓の両の手を、ぎゅっと勢いよく掴む。それで、ぎゅううう、と力をこめる。
まだこの手を、離す時じゃない。
「あのね! もう北川も白百合もお嬢様もうんざりなの! だから家出してきた、お父様だって柏木だって私のことを必死で探すのは、『北川のひとり娘』だからなの、愛されてなんかないの! 北川のひとたちにとって、私は私じゃなくていいんだから……!」
贅沢な悩みなのかもしれない。
それでも……それでも。
「あのね! 柏木に連れられて、北川の家に戻ったら、私は結婚することになるの! 好きでもないお父様の決めた人と、政略結婚! この先の一生をその人と過ごすことになるなんて、そんなの、そんなの────死ぬのと同じだよ」
意志も心も踏みにじられて、じりじりと気持ちを押し殺して、お父様の言いなりになって生きていく。
そんな人生こそ、私にとって自殺行為だ。
「北川の家に生まれ落ちて、それが私に与えられた運命だとしても、端から抗うのをあきらめて傅くなんて、私はぜったいにイヤ! 私がどう生きて、誰のそばを選ぶのかは私が自分で決めるの! 運命なんてねじ曲げて、蹴っ飛ばして生きていくの!」
誰かに指図される人生なんて、ありえない。
だからこそ、どの瞬間も、覚悟を決めていくのだ。
「真弓。私、家には戻らないよ」
真弓が私の身の安全を考慮してここまで連れてきてくれたのは、もう十分に理解したけれど。
ぎゅ、とさらに力をこめる。
私の手のなかで真弓の手がぴくりと反応した。
「私を、真弓の隣に置いてほしい」