花鎖に甘咬み
途端に裏切られたような、見捨てられたような気持ちになってしまう。そんなこと、ひと言だって、言ってなかったくせに。
「俺は〈薔薇区〉の住人、抜け出せばそれこそ追手が付く。でも、お前はそうじゃねえだろうが」
真弓は冷たい水の入ったコップのふちを、指先でくるりとなぞりながら、言葉を続ける。
「『助ける』つったからには助けるだけの自信がある。だからお前を〈薔薇区〉の外へ連れ出した。それは、〈薔薇区〉と比べて、ココが圧倒的に安全だからだ」
「……っ」
「お前も、柵の中を見たなら、分かるだろ。〈黒〉のヤツらとか、花織とか────ああいうのが、もっとうじゃうじゃいるんだ。頭のネジなんて、どっかに落としてきたヤツらがな。〈薔薇区〉の人間じゃないお前が、柵の中にいるのはただの自殺行為なんだよ。無駄死にしたくなけりゃ、大人しく元の場所に戻れ」
奥の手だっつったろ、もう二度とこんなチャンスは来ない、と真弓は続ける。
真弓の言うとおりだ、と思った。
その真弓の指先がなにを思ったか、つつ……と私の顔の輪郭をすべっていく。猛獣、なんて言うくせに力加減のこそばゆさが、人間でしかない。
「お前は、俺に命乞いをしたんだろ」
この長い夜のはじまりを思い出す。
『本城真弓』
『覚えろ。俺の名前な』
『これでもう “知らない人” じゃねえだろ』
差し出された手をとったのは、たしかに、あの宵闇で〈黒〉のひとたちに襲われて、ひとりぼっちで、心細かったからだ。
家出をして、身の安全をどう保ったらいいかもわからなくて、誰かに助けてほしかったからだ。
────でも。
でも、真弓の手をとったのは、それだけが理由だったわけじゃない。
「真弓に着いていこうと思ったのは、真弓を信じようと思ったのは、世界が変わると思ったからだよ」
「……は?」