「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
急いでるからって回ると転ぶ

 心の中で溜め込まれるよりは、音にして吐き出してくれた方が断然いいと私は思っていた。

「つうか、俺まだ納得してねぇからな」
「はは。香嶋さん、離婚してから言わないと説得力ないですよ」
「んだとこら志乃宮ぁ」

 飲めや歌えや花の金曜日。
 給料日後すぐという事も相俟って、部署内の人間のみではあるけれど二十人ほどが集まる飲み会となった今日この頃。まぁそうなるのだろうなと思っていた事が、数十センチの間を空けた隣のテーブルで行われたからか、向かい側に座っている優美は肩を小刻みに揺らしている。吹き出すのを必死に堪えているのだろう。

「フラれた翌日にお前らが付き合ってるって聞いて俺、マジで泣きそうになったんだからな!」

 飲み会開始から二十二分。呂律や思考はそのままだが、異様に口が軽くなる下戸の香嶋さんは手に持っていたジョッキを机にドンッと叩き付ける。その原因はいわずもがな、私と志乃宮さんとの間に生まれた新たな関係性だろう。
 志乃宮さんと恋人関係となり一夜明けた翌日。何故か部署内の全員がそれを認識していて、その日から本日までのおよそ二ヶ月間で「本当に志乃宮と付き合ってんのか」と六回ほど香嶋さんに詰められ、志乃宮さんは暇さえあれば香嶋さんに絡まれていたらしい。勿論、素面(しらふ)の香嶋さんにだ。

「…………僕も、そのうち、」
「あ?何?」
「いえ」

 ぐびり。香嶋さんがビールをあおれば、つられたように志乃宮さんもビールをあおる。当たり前だが志乃宮さんの呂律もまだ壊滅していない。酔っているか否かは不明だ。

「ねぇ、詩乃」
「ん?」

 身を屈め、テーブルの上に少しだけ身を乗り出した優美は口元に手を添えて、こそりと囁く。

「下手な事を口走られる前にあの人ら静かにさせた方がいいよ。特に香嶋さん」
「えー……」
「いや、普通に喋ってるならいいけど声大き過ぎでしょ。あの二人」

 確かに。と納得はすれどやはり動く気にはなれなくて、自分の分のビールをぐびりとあおる。
 いや確かに。確かに声は大きい。これだけの雑音の中でもあれだけはっきりと会話が聞こえているのだからそこそこの声量なのだろう。

「つうか志乃宮、お前、秘書課の麗奈(りな)ちゃんと付き合ってたんじゃなかったのかよ。一時期、噂になってたろ」
「……秘書課……?りな……さん?」
倉橋(くらはし)だよ。倉橋麗奈。秘書課でいっちばん可愛い子だろうがよぉ」
「ああ、倉橋さん。いえ、付き合ってませんよ。食事には何度か誘われましたが」
「ほぉ~?で、食事には行ったが付き合ってはない、と?志乃宮ぁ~それは通じねぇぞ」
「食事には一度も行ってません。それに僕、」

 何となく志乃宮さんの方へと視線を向ければ、タイミングが良いのか悪いのか彼の視線もまた、私へと向く。

「好きになったのも、お付き合いも、何もかも、僕の初めては全部、御来屋さんですから」

 付き合っておよそ二ヶ月。衝撃の事実である。
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