「指輪、探すの手伝ってくれませんか」

 どうやって家に帰ったのか、覚えていない。
 なんて言えたら私のメンタルはそこまで疲弊していなかっただろう。耳を疑うようなそれが聞こえた瞬間、手から滑り落ちたジョッキの行方を気にする余裕など当然あるはずもなくて、びしゃびしゃのシャツのまま志乃宮さんの腕を掴み「帰りますよ志乃宮さんほら立ってください今すぐに」と捲し立て、会費分飲めてない!と思いながら「帰るんですか?分かりましたぁ~」と花を咲かせまくった彼をタクシーに押し込んだのは何を隠そうこの私だ。

「志乃宮さん。ひとつ……いや、割りと聞きたい事がありますというかちょっと話し合いが必要な気がしてきましたので、そこに座ってもらってもよろしいでしょうか」
「あ、はい」

 家につくなり、リビングへと連行した彼をソファーに座らせて、その隣に私も座る。
 ふうぅうう、と重苦しさしか感じさせないため息を吐き出してまで気合いを入れるのは勿論、現実からの逃避を防ぐ為だ。

「志乃宮さん。先ほどの居酒屋での発言なんですけど、」
「あ、はい」
「その、初めては全部私、っていうのは、具体的にどういう……?」
「具体的に、ですか」
「はい」
「ええと、まず、御来屋さんは初めて好きになった人です。告白も初めてしました。お付き合いするのも御来屋さんが初めてです。なので、その、きっ、キスもその、御来屋さんが初めてで、あの、せせ、せっ、」
「セックス?」
「うああっ!」
「……いやもうヤる事ヤってんですからそこ照れるとこじゃないですよ」
「いや、でも、ですよ?その、恥ずかしい、ですよ」

 あう、あううと両手で顔を覆い、俯いて呻くという奇行は相も変わらず健在だ。しかし、今はそれをああだこうだどうだと言っている場合ではない。

「て事はあれですか、志乃宮さん」
「……あれ……?ですか?」
「どうて」
「うああっ!」
「い」
「あああっ!」
「だったんですか」
「う、あ、は、い」
「……」
「……だっ、黙ってて、」
「……」
「すみません、でした」

 いや待て。
 謝るべきは私だろうに。
< 21 / 57 >

この作品をシェア

pagetop