「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
自己嫌悪+罪悪感=鯖の塩焼き

 恋ってやつは、とんでもなく厄介だ。

「ねぇ、詩乃」
「何?優美」
「何か、悩んでる?」

 ぱくり、社食のハンバーグを口に放り込んで、目の前の彼女は少しだけ首を傾げた。

「……いや、ないけど」

 志乃宮さんに対する気持ちを自覚して早三ヶ月。作楽鉄二との事はあの日を皮切りに終結に向かい、期間を満たした事によってロスに返還されたから私を煩わせるものはもう何もない。と、思えたならきっと私は今こんな風に問い詰められたりしていないのだろう。
 あの日以降、今まで気にもしなかった事がやたらと目につくようになった。細かい事を含めれば多々あるのだけれど、大きな点で言えばふたつある。
 ひとつは、例の【倉橋さん】だ。週に一度のペースで志乃宮さんの腕にベタベタと触るのは、優美(いわ)く「今に始まった事じゃない」らしい。これまでのそれを私が意識外に置いて認知していなかっただけで、優美(いわ)く「もう見慣れた光景」らしい。だからって、自分の恋人が他所の女に、しかも明らかに好意を寄せているであろう女にベタベタされているのを見るのはなかなかにストレスだ。けれど、言えない。何故なら、今まで何も言わなかったからだ。賭けに負けて、恋人になって、優美の言う【今に始まった事じゃない見慣れた光景】とやらを繰り広げられてきたというのに私は何も言わなかった。今さらだろう、今さら。
 そしてもうひとつは、あの日以降、彼の言動にちょくちょく違和感を感じてしまう事だ。気のせいでなければ、彼の、携帯に触れている時間が目に見えて増えた。あと、着信があると私から離れる時がある。そのまま通話を始める時もあるけれど、離れる時と違ってそういう時は五分も話さない。なのに、離れる時はだいたい十五分から二十分、一時間くらい話していた事もあった。でも、聞けない。今まで何も言わなかったのもあるし、そもそも今までの志乃宮さんの着信事情なんて把握していなかったからもしかしたらこれも私が意識外に置いていただけで、ずっと彼はこんな感じだったのかもしれない、と思いたい自分がいるからだ。だって、聞くのは怖い。
 そんな、ここ数ヶ月の己を脳内に思い浮かべ、いや言えるわきゃねぇわなと思い切り嘘を吐き出しながら、ぱくりと目の前の彼女と同じように自分の分のハンバーグを口に放り込む。美味。

「嘘だね」

 しかしそんなちゃちな嘘、彼女には通用しない。
< 40 / 57 >

この作品をシェア

pagetop