「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
予定外の早朝ランニング

 水を止めて顔を持ち上げれば、目の前にある鏡にそれが映る。顔を洗って歯を磨く前の惨劇(づら)に比べれば幾分かマシではあるけれど、そのままソファーで眠ってしまった事やその割に眠りが浅く何度も目覚めた事や結局こうして朝日が昇る前に起きてしまった事が起因して、目の下の隈が存在を主張していた。
 ぶっさいくだな。
 元から整った顔立ちではないけれど、それにしたって酷い。十代ならばまだ何とかなったであろう肌のコンディションも二十代後半に差し掛かれば鏡の前で項垂れるしかないのだから、時の流れとは恐ろしいものだ。
 息を、吐いた。ゆっくりと、時間をかけて。鏡から視線を外し、数分前に脱ぎ捨てた私の衣服しか入っていない洗濯カゴへとそれを落とす。
 時間も時間だから、洗うのは朝日が昇ってからでいいか。そう考えて、しかし改める。いや、きちんと別れたら私はここを出ていく。洗ってる場合じゃねぇ。
 カゴから丸まっている衣類を取り出し抱え、洗面所を出た。

「……あっ」

 瞬間、ガチャンと解錠音を響せて開く玄関扉。思ったりも随分と早いそれにぴたりと足が止まり、視線は意図せずそちらに向かう。

「えっ、と、あの、ただっ、いま、です、御来屋さん」

 ゆっくりと閉じていく玄関扉を背景にして昨日と同じ服装でそこに立つ志乃宮さんは、帰宅した途端エンカウントした私に心なしか動揺のしているように見えた。その原因はおそらく彼の右手に握られている紙バックだろう。よほどの世間知らずでもなければ誰もが知っているであろうブランドのロゴが印字されたそれを、さりげなく背後に隠してこの場をやり過ごす算段らしい。

「……いっ、いつもより、早い、ですね……起きる、時間、」

 あの(ひと)に貰いでもしたのだろう。その様子を想像するのは容易い。というか、それしかないように思う。私も一応クリスマスプレゼントを用意していたけれど、それはラッピングを解かれる事なくゴミ箱に行く事が決定している。
 視線を戻す。何も言わず、リビングに向かって足を踏み出せば、背後で「え」だとか「あ」だとか聞こえたが、知ったこっちゃない。

「っあ、あの、御来屋さん、」

 そうだ、ココアを飲もう。

「……み、くりや、さ、ん、」

 リビングに足を踏み入れて、ソファーに衣類を置いてからキッチンへと向かう。普段は甘い飲み物なんて苦手だから避けるのだけれど、何故だか今は飲みたくなった。きっと脳みそに、いや、身体中に糖分が足りていないのだろう。

「…………おこっ、て、ますか……?」

 だからこんなにも、振り返りたくて仕方がないんだ。
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