月に魔法をかけられて
そして──。
何事もなかったように、秘書はそのまま目の前のHAYATOと楽しそうに話を始めた。

俺とは視線をそらして、HAYATOとは笑顔を向けて談笑かよ。
そんな笑顔、俺に向けたことあるか……?
その態度、あからさますぎるだろ……。

それに……。
お前は俺の秘書だろ……。


俺の秘書でありながら、俺には見せたことのない笑顔を他の男に向けることに、なぜか無性にイラついてきた。



「あと2回リハをお願いしまーす」

そんな俺の気持ちとは裏腹に、瞳子の弾むような声がスタジオの中に再び響く。

まだ俺に2回もこのリハを見せる気かよ。

イラつく気持ちを抑えながら、俺は目の前で繰り広げられる秘書とHAYATOのリハをじっと見つめていた。

やっとリハが終わり、時刻を確認しようと腕時計に目をやったとき、ちょうどそこにモデルの武田絵奈がスタジオに入ってきた。

「藤沢副社長、遅れてしまいまして申し訳ございません」

絵奈が媚びるような笑顔を向け、俺のそばまで来て、しおらしく頭を下げる。

やっと到着かよ。
どれだけ待たされてたと思ってるんだ。
お前のせいで、こっちは見たくもないリハーサルまで見せられたというのに……。

心の中で悪態をつきながらも、俺は絵奈に営業スマイルを向けた。

「飛行機が遅れたそうで大変でしたね。到着されて早々申し訳ないのですが、撮影、よろしくお願い致します」

「本当にすみません。改めまして武田絵奈です。今日はよろしくお願い致します」

絵奈はそう言って、色っぽい瞳を作りながら俺の顔を覗きこむ。

俺は昔からこういう媚を売って俺に近づいてくる女が大嫌いだった。

俺の肩書きと外見にしか興味なく、また自分に相当自信があるのか「私、可愛いでしょ」アピールが半端ない。

それにわざとらしく「藤沢副社長、スーツに髪の毛が……」とか言いながら腕を触ってきたりと、チープなホステス並みにうざい。

絵奈の態度はイラついてる俺を、ますますイラつかせた。

だが、そんな態度を出すわけにもいかず……。

「絵奈さん、そろそろ準備をお願いしてもよろしいですか」

俺はそう告げると絵奈から離れ、イラつく気持ちを吐き出すように大きく息を吐いた。
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