月に魔法をかけられて
「そろそろ帰ろうかな……」

私からゆっくりと身体を離しながら、副社長がひとりごとのように呟いた。

(えっ……?)

甘くて夢のような時間から急に現実に引き戻され、何とも言えない寂しさを感じてしまう。

「どうした美月? 俺が帰るのが寂しい?」

温かい微笑みを浮かべて、私の髪を優しく撫でる。

「そんな顔するなよ。帰りづらくなるだろ」

「す、すみません……」

「いや、これ以上いたらさ、今度は俺がここに泊まってしまいそうだしな」

副社長は自嘲するような表情を向けると、『また来るよ』とでも言うようにポンポンと私の肩に両手を置き、立ち上がった。

「じゃ、じゃあ、下までお送りします」

慌てて私も立ち上がる。

すると。

「美月は玄関まででいいから。そんな恰好で外に出る気か?」

副社長が不機嫌な視線を私の服装に向ける。

「あっ、そっか。上着……」

クローゼットから上着を出そうとすると、後ろから腕を掴まれた。

「そうじゃなくて。そんな短いスカート履いて、身体のラインが出るようなニットを着て、外に出るなって言ってんの。まさか、会社以外はこんな恰好をして外に出てるのか?」

「こんな恰好?」

上から自分の服装を確認したあとで、副社長の顔を見る。

「はい。お休みの日にコンビニとかスーパーに行くときはこんな感じですけど……」

副社長は、はぁーとうなだれるように大きな溜息をついたあと、片手をおでこにつけた。
< 189 / 347 >

この作品をシェア

pagetop