月に魔法をかけられて
「じゃあ、帰ろっか」

副社長はぽんぽんと私の頭を軽く撫でると、再び私の手を掴んだ。

来たときと同じように、指を絡ませて自分のコートのポケットの中に入れる。

あれほど熱を放っていた手が、今度は逆に氷のように冷たく感じた。

この副社長の大きな手は、そのうち絵奈さんの手に繫がれてしまうのだろうか。

このしなやかな長い指は、いつか絵奈さんに触れてしまうのだろうか。

「美月のおかげで今年はいい一年になりそうだよ」

フッと笑う副社長の笑顔が心にズキッと突き刺さる。

目の前にあるこの笑顔も、この瞳も、この身体も全部そのうち絵奈さんのものになってしまうのだ。

副社長の全てが絵奈さんと結びついて、そのたびに辛い思いだけが心の中に降り積もっていく。

急に湧き上がってきた何とも言えない虚しい感情。

今まで誰とも付き合った経験のない私には、その気持ちをどこに持っていけばいいのか、どう処理をしたらいいのかわからなかった。

ただ理解できているのは、こんなにも副社長のことを好きになっていた自分と、その思いは決して叶うことのない現実。

さっきまであれほどドキドキしていたのに、今は副社長の隣にいることがこんなにも辛く、心が締めつけられる。

それなのに──。

繋がれた手は自分から解けないでいる矛盾……。


瞳子さんの家に着くと、私はこれ以上副社長の近くにいることが耐えられなくて、「おやすみなさい」と一言だけ告げると、そのまますぐに部屋に戻った。

そして、心の中に渦巻く感情を忘れてしまいたくて、急いでベッドの中に潜り込んだ。

涙がじわじわと浮かんでくる。

溢れる涙を何度拭いても、次から次へと溢れてきた。

ギュッと目を瞑ると、副社長と絵奈さんの幸せそうな映像が浮かんでくる。


副社長のことが好きすぎて……、すごく苦しい……。


その夜、私はほとんど眠ることができなかった。
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