月に魔法をかけられて
*****

「副社長、起きてください。副社長……」

副社長は相当疲れているのか、さっきから何度も起こしているのに一向に起きてくれない。

こんなことなら石川さんの連絡先を聞いておけば良かった。このまま副社長を置いて帰るわけにもいかないし、途方に暮れてしまう。
バーの中にいたお客さんも少しずつ帰り始めているので、私は先に支払いを済ませようとフロアスタッフに声をかけると、石川さんが既に支払いを済ませてくれていた。

再び副社長に声をかけ、どうにか起きてくれないかと恐る恐る肩を揺らしてみる。

「副社長、起きてください。大丈夫ですか?」

「うぅぅ……ん……」

少し目は開いたものの、かなり眠そうで、またすぐ目を閉じてしまう。

とりあえず、ここから連れ出さなきゃ。

私は副社長のスーツの上着とビジネスバックを持つと、副社長をなんとか椅子から立たせ、足元がふらつく副社長の腕を引きながら、エレベーターホールまで連れてきた。
降下ボタンを押し、エレベーターが到着するのを待つ。
その間も副社長は立ったまま目を閉じて眠り始める。

このまま副社長をタクシーに乗せても大丈夫かな?
この状態だとタクシーに乗っても自宅の住所も言えないよね?
えっと、副社長のお家ってどこだっけ?
確か品川だったはずだけど、詳しい番地までは覚えてないな……。

タクシーに乗せたとして、もしタクシーの中でビジネスバックを忘れたりすると大変だよね?
それに──。
起きなくて警察なんか連れていかれたりしたら、今の時代『ルナ・ボーテの副社長が……』って週刊誌のネタになる可能性もあるし……。

でもお家に帰らせなきゃいけないし、とりあえずタクシーに乗せちゃう?
あー、どうしよう……。
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