月に魔法をかけられて
ちょうど話が途切れたところで、彩矢が急に思い出したように腕時計を見た。

「あっ、終電の時間……」

1時間くらいで帰るつもりだったのに、気がづいたら時刻は12時を過ぎていた。

「彩矢ちゃん、俺ももう帰るから一緒にタクシーに乗って行けばいいよ。美月ちゃんも一緒の方向? 送るよ」

石川さんが彩矢と私にさわやかな笑顔を向ける。

「いえ、私は今日ここのホテルに泊まるんです。なので彩矢だけお願いできますか?」

「えっ? 美月ちゃんここに泊まるの? そうなんだ。わかった。じゃあ俺が責任持って彩矢ちゃんを送るから安心して。それより、おい壮真、起きろ……」

副社長はいつの間にかテーブルに肘をつけ、手のひらでおでこを支えながら寝てしまっている。

「壮真のやつ、相当疲れてるんだろうな……」

石川さんが副社長の姿を優しく見守りながら、そっと呟いた。

「こいつ、4月から急に副社長になって結構プレッシャーもあったと思うんだ。世間では副社長のポストは親の力だって言われてるかもしれないけど、海外でのこいつの仕事ぶりは本当にすごかったからね。さっきは俺も冗談であんなこと言ったけど、本当にすごく努力して真面目に仕事をしてた。だから海外での難しい交渉や契約も、こいつの力で成し遂げることができたんだ。俺はね、壮真は親の力を借りなくても、壮真だけの力でトップになれると思ってる。だから美月ちゃん、壮真のことサポートしてあげてくれないかな? 残念なイケメンかもしれないけど、根は真面目で本当にいいヤツなんだ。いろいろ大変だと思うけど、壮真のことよろしく頼むよ」

石川さんが私に真剣な表情を向ける。

「わかりました。私も4月から副社長の仕事ぶりを見てきて、ものすごく仕事をされてることも、努力されてることもわかっているつもりです。表情は怖いですけど、でもきちんとサポートさせていただきます」

「美月ちゃん、ありがとう。壮真には俺からもう少し愛想を良くしろって言っておくから。じゃあ俺はこれから彩矢ちゃんを送っていくから、壮真を起こして帰らせてくれるかな?」

「わかりました。石川さん、彩矢をよろしくお願いします」

私はそう言って石川さんに頭を下げたあと、彩矢の耳元で「石川さんとうまくいくように祈ってるからね!」と囁くと、彩矢は恥ずかしそうに私に笑顔を返してきた。
< 24 / 347 >

この作品をシェア

pagetop