月に魔法をかけられて
「ということで、そろそろ帰るわ」

副社長がそう言ってソファーから立ち上がった。

「あら、もう帰っちゃうの? 寂しいわねぇ。まあ、壮真は早く美月ちゃんと2人になりたいだろうから、今日は野暮な邪魔はしないわよ。ふふっ。その代わり、壮真、美月ちゃんを泣かしたら私が絶対に許さないからね! それだけは覚えておきなさい。きちんと大切にすること。わかった?」

「ああ、わかってるよ。瞳子に言われなくても、大切にするし、誰にも渡さねーよ」

「あら、そう。さっそく惚気ちゃってくれるじゃない。私もこれでやっと安心だわ……」

瞳子さんはこの上ない上機嫌で、ふふふっと満面の笑顔を浮かべている。

「お前は俺の母親かよ……」

呆れたようにフッと息を吐く副社長。

そんな副社長に、顔は笑顔ながらも、キッと真剣な瞳を向けた。

「壮真のことが心配だったのよ。あんたの仕事は常に責任やプレッシャーが付き纏い、それ以外にも毎日あらゆることに対処して戦っていかないといけないでしょ。だからそばにいてくれる相手はとても重要なの。
私は壮真が日本に戻ってくる前から、地位や肩書きに左右されない、その人自身を見てくれる美月ちゃんみたいな子が壮真と一緒にいてくれたらいいのになあと密かに思っていたの。だから美月ちゃんを壮真の秘書に推薦したっていうのに……。
あんたはなかなか自分の気持ちを認めないし、言わないし……。美月ちゃんはあんたの気持ちなんて全く気づいてないし。それに加え、JGデザインの後藤さんからは美月ちゃん、かなり狙われていたしね……。これでも姉として心配していたんだから」

「そりゃどうも……」

照れと気まずさを隠すように頭を掻く副社長。

「これで私も安心して新年を迎えられるわ。じゃあ、気をつけて帰りなさい。美月ちゃん、何かあったらすぐに私に言ってきてね。壮真が泣かしたら私がとっちめてあげるから!」

「ありがとうございます。瞳子さん……。お世話になりました」

「ううん。こちらこそ、たくさん迷惑をかけてごめんね……」

そうしていると、直人さんがリビングへと戻ってきた。

「直人さん、色々とお世話になりましてありがとうございました。ずっと一緒に生活させてもらって、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

「美月ちゃん、迷惑なんて全く思ってないよ。俺も瞳子も楽しかった。それに啓太と一緒に遊んでくれてありがとね。また壮真と一緒にいつでも遊びにおいで」

「はい。ありがとうございます」

「壮真、美月ちゃんのこと、よろしくな」

「ああ、直人さん。俺までお世話になってしまって……。色々ありがとう。また2人で遊びにくるわ」

「うん。待ってるよ」

私たちは直人さんと瞳子さんに見送られながら、車に乗って副社長の家へと向かった。
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