月に魔法をかけられて
「壮真さん………」

私は腿に力いっぱい押しつけられた拳を手に取ると、ゆっくりと開き、その間に自分の指を滑りこませた。

「壮真さん、ありがとうございます……」

潤んだ瞳を見つめながら、口角を上げて口元で弧を描く。

再び口を開きかけた副社長に、私は小さく首を振った。

「ねえ、壮真さん。私の名前って知ってますよね?」

話の流れとは全く違う質問に、副社長は不思議そうな顔を私に向けた。

「んっ? えっ? 当たり前だろ。山内美月……だろ?」

「はい。そうです。私の名前、山内美月です」

「美月の名前がどうしたんだ?」

「壮真さん、私の名前、ルナ・ボーテなんです」

「ルナ・ボーテ?」

首を傾げながら、訳がわからないといった顔で私を見る。

「はい。月のルナに、美しいのボーテ。ルナ・ボーテって、私と同じ美月っていう意味なんです」

副社長がハッとした表情を向けて無言になった。

「だから、これ以上名前まで傷つきたくないんです……。会社のイメージが悪くなるとか、株価が下がるとか、それも心配です。でも、それって全部会社の名前に傷がつきますよね? 私の名前に傷がついちゃうんです。今のままだと私、あの事件で身体や心だけじゃなくて、名前まで傷つけられてしまいます。私、この会社大好きなんです。大学卒業して入社して、すごく楽しく仕事をさせてもらいました。瞳子さんやあゆみちゃん、塩野部長や田村くんたちにも出逢えたし、こうして壮真さんにも出逢えました。こんな私の大切な人たちがいる会社を、大切な壮真さんの家族が作り上げてきた会社を、あの人たちのせいで汚してもらいたくないんです」

「美月………」

「壮真さんが、自分が会社を何とかするからって聡さんに言ってくれたこと、私すごくうれしかったです。壮真さんにそう言ってもらえただけで、そんな風に思ってもらえただけで私は充分です。壮真さんが私のこと大切に思ってくれてるのが伝わってくるから……。本当にありがとうございました。だからもう、このことは終わりにしてください。私のわがままで申し訳ないんですけど、私の名前まで傷をつけないでもらえませんか?」

ニコリと微笑みを向けているのに、なぜか涙が溢れてきた。
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