月に魔法をかけられて
長い……。

チラリと後部座席から運転席の横にあるデジタル時計を確認したものの、タクシーに乗った時からまだ2分しか時計は進んでいない。

あの時計、壊れてるんじゃないの?

そう思いたくなるくらい、とにかく時間の進みが遅い。
車だと東京駅から家までは15分くらいの距離なのに、その15分がとても長く感じる。

しーんとした密室の中で何も話をすることなく、空気がとても重い。しかもこういうときに限って、なぜか信号にばかり引っかかってしまう。
私はとにかく早く家に着いてほしいと願いながら、窓に映る流れる景色をずっと見つめていた。


「先週はいろいろ迷惑をかけたな」

「えっ……?」

急に車内に低音の声が響き、その声の方に振り向くと、涼やかな切れ長の瞳が私を見ていた。

ドクン──。

心臓の音が副社長に聞こえたんじゃないかというくらい、とても大きな音を立てる。

「あっ、い、いえ……。かっ、勝手なことをしてすみませんでした」

先週のことなんて頭の中からすっかり抜けていた私は、そう答えるのが精一杯だった。

「いや、正直助かった。あのままタクシーに乗せられてたとしてもまた寝てしまっていただろうし、起きなかったら警察にでも連れて行かれてただろうしな」

「でしたら……よかったです……」

「それより悪かったな。あの日は誕生日だったんだろ。聡が言ってた」

副社長が少し気まずそうに眉間に皺を寄せる。

「大丈夫です。気にされないでください……。わ、私も副社長の違った一面を見ることができましたので……」

ごまかすように苦笑いを浮かべる。

「違った一面?」

「は、はい……。笑った顔とか……」

「笑った顔? 誰だって笑うだろ。普通」

「会社では見たことなかったので……」

そう答えたとき、タクシーがちょうどマンションの近くのコンビニの前を通り過ぎようとしていた。
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