月に魔法をかけられて
秘書に視線を向けると、嬉しそうな顔をして2人が乗ったタクシーを見つめている。

「聡と彩矢ちゃんが付き合うのが、そんなにうれしいのか?」

他人のことながらそんなに嬉しそうに見つめる秘書に、俺は気がついたら声をかけていた。

「あっ、はい……。久しぶりにあんなうれしそうな彩矢の顔を見たので……」

「友達思いなんだな」

「えっ……?」

秘書が俺に視線を向けた。
一瞬目が合い、俺はふいに向けられた視線に戸惑ってしまった。
それを隠すように口角をあげてフッと笑みを浮かべる。

「彩矢は私の大学の時からの大切な友達なんです。聡さんのことは前から気になっていたみたいだったから、ほんとに良かったなって。あっ、副社長も友達思いですよね。聡さんの気持ちを彩矢に伝えてくれて」

「あいつは昔から好きな女にはヘタレだからな。こうでもしないと今回も無理だっただろうな」

「お互い、友達思いってことですね」

秘書は俺の前では珍しく自然に笑顔を向けていた。

「では、俺たちも帰るか」

「はい。お疲れさまでした。そして今日は色々とありがとうございました。副社長もお気をつけて」

秘書がそう俺に言った後、くるりと反対を向いて東京駅に向かって歩いて行こうとする。

「おい、どこにいく? タクシーで回ってもらうから。一緒に乗って行けばいい」

いつもの俺ならそのまま帰すところ、なぜかそう声をかけていた。
なぜだ?
秘書に興味があるわけではない。
だが、もう少し話をしてみたい気がした……のか……。
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