赤鬼と黒い蝶
SHOCK 11
【美濃side】

『美濃』

 紅に名前を呼ばれ、抱いていた疑念が晴れる。

 ――やはり紅は紗紅なのだ。

 男と偽り男装している理由はわからないが、私達は同時に現世から戦国時代にタイムスリップした。

 紗紅は尾張国の信長の元に落ち、私は美濃国の斎藤道三の元に落ちた。

 帰蝶の身代わりになる前に、紗紅に出逢えていたなら、2人でひっそりと暮らすことも出来たのに。

 過去に戻りやり直すことも、今さら自分が美濃だと名乗ることも出来ない。

 本物の帰蝶はすでに病で亡くなってしまったのだから。

 ――紗紅……。
 あなたに真実を告げ、あなたを抱き締めることが出来たなら、どんなに心強かったでしょう。

 でも、私は……。

(わらわは美濃国の出ですが、それが何か……?)

 私は心を鬼にして、紗紅に嘘を吐いた。
 嘘を吐くことが苦手な私の、初めての嘘。

『於濃の方様は声だけではなく、幼少のご記憶を無くされたのではございませぬか?』

 紗紅はまだ疑っている。

 ――だめよ、紗紅。
 それ以上、深入りしてはだめ。

(幼少とな? 病にて声は無くしましたが、わらわは斎藤道三の娘、帰蝶です)

 記憶は無くしていない。
 紗紅のことも、母のことも、はっきり覚えている。

 ――もし、信長に……。
 私が帰蝶の身代わりで、紗紅と血の繋がった姉妹だと知れたら、信長にどんな仕打ちを受けるかわからない。

 ――だからね、紗紅……。

 名乗り合えなくても……。
 天涯孤独なこの時代に、紗紅とずっと一緒にいられたことを、これからもずっと一緒にいられることを、私は心の中で神に感謝したの。
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