赤鬼と黒い蝶
【美濃side】

 ―1582年(天正10年)6月11日―

【本能寺にて、上手くことは運んだ。山崎合戦後、本経寺にて待つ】

 短い文章ではあったが、光秀からの文が届く。それを読み、信長と紗紅、そして信忠が落ち延びたことを確信する。

 私はその夜、麓山崎の民家より馬を走らせ本経寺に向かった。

 これで……歴史を変えることなく光秀と2人で生きていける……。

 暗闇の先には……。
 一筋の希望の光が……差していると信じて……。



 ――月明かりの下、光秀は竹藪の中を走り抜ける。

 あと数メールで、私の待つ本経寺……。

 ――その時、ガサガサと草むらで音がした。数名の男達が竹藪の中から姿を現す。

 それは落ち武者狩りだった……。
 農民が竹槍を構え、光秀の前に立ちはだかった。

「これより先には行かせねぇ! 百姓を殺し、村を荒らすもんはおいらが許さねぇ!」

「……わしは百姓は殺していない。頼む! 見逃してくれ! わしは行かねばならぬのだ!」

「殺れーー!」

 竹槍を向ける男達に、光秀は刀を抜いたが、多勢に無勢。四方を囲まれ竹槍が右肩に突き刺さり、刀が地面に落ちる。

 ポタポタと滴り落ちる鮮血。
 男は直ぐさま、光秀の刀を奪い取った。

 数本の竹槍が闇の中で、鋭い刃を向けた。

「うおぉぉーー!」

 光秀の怒号が、夜の闇に響いた。

(光秀殿……!?)

 本経寺に身を隠していた私は、その声に思わず外に飛び出す。暗闇の中でバサバサと鳥の羽音がし、私は声のする方に視線を向けた。

 私の身形は男の姿。
 腰には、紅から借りた刀。

 馬に跨がり、竹藪の中を走り抜ける。
 前方には竹槍を構えた落ち武者狩りの姿。

 光秀は肩を負傷し、短刀を取り出し自刃する寸前だった。

 馬の嘶きと蹄の音を聞き、男達の視線が私に向けられた。竹槍を構え私に向かってくる。

 私は馬から飛び降り、刀を抜いた。
 月の光が刃に反射し、キラリと光る。

 人を斬ったことも、殺めたこともない。
 光秀の命を救うためならば、私は鬼となる。

 何度も斬りかかるが上手く交わされ、ジリジリと崖に追いつめられる。

「美濃! 逃げるのだーー!」

 光秀は私の本当の名を叫んだ。

 痛手を負った体で立ち上がり、男を背後から斬りつけた。

「うわぁーー……」

 倒れた男から竹槍を奪い次々と刺し殺す。

 男の体から血が噴き出し、光秀の体からもドクドクと血が流れた。

 夜空に血飛沫が飛び散り、光秀は再び竹槍で刺され、その場に倒れた。
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