赤鬼と黒い蝶
 異人は弱っているようにも見えたが、家臣に激しく抵抗した。

「小僧! 小癪な!」

 家臣は木の枝を振り回し歯向かう異人を捕らえ縛り上げ、荷のように肩に担ぎ馬に乗せた。

 異人は口を手拭いで封じられてもなお、その鋭い眼光で我らを捕らえた。

 ――粉雪の舞う、寒き夜。
 異人が蹲っていた雪の上には、赤き血が白い雪を(くれない)に染める。

 月明かりの下、馬を走らせ古渡城へと戻る。

「信長様、こんな夜分に何処へ行かれておったのじゃ!」

 城に戻るなり、平手政秀(ひらてまさひで)がわしを叱咤する。平手は織田家の次席家老、幼き頃からの傅役(もりやく)(教育係)だ。

「深夜にそう声を荒げるでない。山でたいそう面白い生き物を拾ってな。南蛮の異人か、はたまた物の怪か、男か女か、人間か獣か、それもわからぬ」

「戯けたことを。そんなものが雪の降り積もる真冬の山中におるはずはなかろう。話をすり替えるでない」

 平手はムスッとし、わしを睨みつける。

「あの者をここへ」

 家臣は馬から異人を担ぎ上げ、座敷へと転がした。燈籠を手にしていた平手は、異人に灯りを近づけ眉をひそめた。

 灯りの下で見る異人は、奇妙な生き物のようだった。

「なんと奇抜な身形をしておるのだ。我らの言葉がこの者に通じるのか?」

「さて、どうであろう。縄をほどいてやるが、暴れるでないぞ。暴れるとそなたの手や足がなくなるやも知れぬ」

 鞘から刀を抜き、異人の顔に近づけると、怯えた眼差しで刃先を見つめた。

 異人を縛っている縄を切る。拘束を解かれた異人は、怪我をした足を庇いながらも瞬時に立ち上がり身構えた。

 足から流れ出る赤き血が、座敷を朱に染める。

 わしは刀を異人の鼻先に突きつけ、ジリジリと歩み寄る。
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