赤鬼と黒い蝶
【紗紅side】

「さむっ……」

 早朝、身震いがし目覚めると、掛け布団がなく、乱れた寝間着姿のままだった。

「うわ、わわっ!?」

 あたしは人の気配を感じ、枕元の刀を掴み飛び起きる。

「朝っぱらから騒々しいぞ。静かにせぬか」

「の、の、信長様!?」

(たわ)け! 騒ぐでない。口煩い侍女が目を覚ますであろう。あやつはカアーカアーと、カラスよりも煩そうてかなわぬ」

 信長に静かにしろと言われ、小声で問いかける。

「どうして、俺の布団で寝ておるのですか。昨夜は於濃の方様と寝所でおやすみになったはず」

「敵を欺くには、まず味方からと申すであろう。平手に『子をなす』と宣言したからには、何もせずすごすごと部屋に戻るわけにはいかないからな。紅、わしは寝所で帰蝶と夜を明かしたと、平手や侍女には申し伝えよ。よいな」

「だからって、俺の布団で寝なくても。於濃の方様の隣でやすめば宜しいではありませぬか」

 あたしは寝相が悪い。
 就寝中は気を抜いているし、爆睡していたため、寝間着の前は(はだ)け脚は剥き出しだ。

 まさか……。
 信長は、あたしが女だと気付いたのでは!?

「紅は、綺麗な肌をしておるな。脚に臑毛も生えておらぬとは。まるで女のようだ」

 信長はあたしの脚に、すっと手を伸ばす。

「うわ、わ、信長様! 俺の脚を見たのですか! 人の布団に潜り込み、体を盗み見するとは、それが一国の殿様のすることですか」

「何を騒いでおるのだ。見たくて見たわけではない。乱れた寝姿ゆえ、薄明かりの中、目に入っただけだ」

 胸に晒しは巻いてある。
 だけど……。

 信長に背を向け、胸元を確認し寝間着の乱れを直す。どうやら女だとバレてはいないようだ。

「信長様、差し出がましいようですが、どうして於濃の方様を抱かれないのですか? 美しい於濃の方様のどこが気にいらないのか、俺にはさっぱりわかりませぬ」

 信長は布団に横になったまま、あたしに視線を向けた。

 信也……。

 信長の眼差しと、記憶の中にある信也の眼差しが重なり、鼓動がトクンと跳ねた。
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