ニセモノの白い椿【完結】



引っ越しをしてから、通勤時間が少し長くなった。

私が払える予算内で駅近となると、どうしても郊外へと行かなくてはならない。
でも、安全には変えられない。

それから、コンビニ弁当はやめた。
お弁当だって夕飯だって、ちゃんと自炊している。

「生田さんのお弁当、凄く美味しそうなんですけどーっ!」

お昼休み、向かいに座る白石さんが私のお弁当箱を覗き込む。

「そうですか? 昨日の残り物が大半なんだけどね」

「生田さん、お料理まで出来るなんて反則です!」

何が反則なんだから分からないが。まあ、いい。
彼女とは平穏な関係が築けている。

なぜなら。最近、イケメンでエリートのハイスペック彼氏ができたらしく、彼女の機嫌はすこぶるいい。

――銀行員なんて、面白味ないし。やっぱり広告代理店ですよね!

それもあまり意味が分からないが、とりあえず笑顔を向けておいた。


それから、もう一人――。

「――生田さん」

支店内の廊下で、ばったりと立科さんに出くわす。

げっ――。

と心の中で言ってしまうのは、もう条件反射のようなものだ。
でも、ここ最近、立科さんが近付いてくることはなかったのだけど。

木村が『立科とは話を付けて来た』と言った日から、立科さんが私に声を掛けて来たのは初めてのことかもしれない。

思わず身を引く。

「そんなに警戒しないでくださいよ。もう、あなたにちょっかい出したりしませんから」

立科さんが、苦笑した。

この人には、私の本性をばらしたのだった。
思わず、作り笑いをしようとしてやめる。
そんなの、無駄だ。

「木村の奴が、とんでもないこと言い出して」

「え?」

話をつけて来た、って、どう話しをつけて来たのか疑問ではあったところだ。

「アイツ。父親を持ち出して来て。『おまえが支店内の派遣社員にセクハラしてるって言てやる。そのまま人事に情報が流れるぞ』って。小学生のチクリかって。でも、銀行ってところはお堅い職場だから。単なる噂でさえ命とりだ。それで、しぶしぶ引っ込んだってわけです」

それが分かっていながら、立科さんは私に対してあんな強引な口説き方をしていたのか。
心底呆れてしまう。やっぱりこの人、どこか残念人だ。

それにしても、木村も木村だ。そんな幼稚な話のつけ方をしたなんて。

思わず笑ってしまう。

「――でも、結局。あいつも生田さんのことを、好きですよね?」

立科さんが、私を探るような目でちらりと視線を寄こす。

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