ニセモノの白い椿【完結】

「そんなことはないと思いますけど」

どんな顔して答えればよいのか分からず、無表情でそう答える。

「だって、そうでしょう。そうでなければ、あの男があんなに本気になるかな」

立科さんが私の目を見ならが、「木村と出会ってから、あんなに熱くなるのを初めて見ましたから」と言った。

「『二度と彼女に近付くな!』ってね。それって、同僚としての忠告の度を超えてますよね。俺には『俺の女に近付くな』に聞こえたけど」

こんな男に感情的になるなんて。木村も、何してるんだか……。
胸に鈍い痛みが走りそうになって、慌てて呆れてみる。

「……まあ、いいや。あいつもあいつで、結局親の選んだ将来の自分に見合う女性を結婚相手に選ぶんだろうし。あの、ホテルで木村とばったり遭遇した時。あれ、俺分かってたんですよね。あいつが来ること」

そう言えば、あの時、立科一人が顔色一つ変えなかった。

「定時過ぎてすぐだったかな、あいつがラウンジで電話している時の会話が耳に入って。あのホテルで誰かと会う約束をしていたんだ。口調と内容から、見合い相手か何かじゃないかと想像したんですけど」

それでか。分かっていて、立科さんはあの場所に私を連れて行った。

ホント、暇人。

「中央官庁のトップの娘だとかお偉い大学教授の娘だとか、いろいろ噂はありますけどね。結局は感情じゃなくて実をとる。それが木村って男ですよ」

”見合いは断った”

榊さんとそう話していた。
でも、いつまでも、断り続けるなんてこと許されないだろう。

木村なら――。どんな相手とでも、きっといい関係を築ける。

私みたいな女でも受け入れられたのだ。私より酷い女なんて、そうそういない――。

そう笑おうとして、でも、上手く笑えなかった。

「――俺も。そこそこ出世したいんでね。いい人、探しますよ」

”そこそこ”と言うあたりの緩さが、今時なのか。

「ぜひとも、ガンバッテクダサイ」

ロボット以上の棒読みでそう答えておいた。

どうせ、出世には何の役にも立たない女ですよ。

「では、失礼します」

悔しいから、最高のスマイルを残してさっさと立ち去る。

ホント、残念な奴。


足早に廊下を歩く。
その時、法人営業担当の部署がある部屋の前を通った。

開いていたドアから、つい中をちらっとのぞいてしまう。

午前中だからか、木村は珍しくデスクにいた。

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