ニセモノの白い椿【完結】



午前中は必死過ぎて、気が付いた時には午後を回っていた。

銀行というところの午前中の忙しさは分かっているつもりだったが、やはり都会のど真ん中。私の経験とは違う。
勘を取り戻すまでは、とにかくくらいついて行くしかない。

「じゃあ、生田さん。お先に昼休憩取ってください」

「はい、分かりました」

少し客足が引いて来た頃、隣に座る白石さんが私に声を掛けて来た。
銀行の窓口に昼休みはない。だから、シフトを組んで順番にお昼休憩を取ることになる。

朝、通勤途中に買って来たおにぎりの入ったバッグを手に、職員用のラウンジに足を踏み入れた。
初めての場所だから、とにかく落ち着かない。
自動販売機と観葉植物と、テーブルと椅子が6組ほど置かれた程度のスペースだ。
一つの支店の休憩の場所としては十分な広さなのかもしれない。
たまたまなのか、私以外には誰もいなくて、無意識のうちに大きく息を吐いた。

朝からずっと緊張したままだった。
一人になれたのはラッキーだ。

いつのまにかピンと伸ばし続けていた背をだらりとゆるめて、椅子に腰かけた。

疲れた……。

ビニール袋からおにぎりを出し、口にする。

「生田さん、だっけ……」

「は、い?」

身体を緩ませまくっていた私に、男の人の声が聞こえる。

「今日から、新しく入って来た方だよね?」

自然と姿勢を整え、声の方に視線を向ける。
そこには、IDカードをぶら下げた、男性社員がいた。何故か、こちらへと向かって来る。

「はい、そうですが……」

「僕は、立科(たてしな)と言います。この支店の営業をしてる」

なぜに、向かいに座るか――?

その男性社員が断りもなく私の向かいに腰掛けた。
そして、少し前のめりに私に顔を近付けて来る。

馴れ馴れしいぞ、おい。

心の声を微塵も表情には出さずに、にこやかな笑顔を作った。

「営業の方で……。よろしく、お願いします」

特別食いつきもせず突き放しもせず。
直接関わることがないとはいえ、同じ支店で働く人だ。無下にも出来ない。とにかく、適度な距離感で接することが一番だ。

「生田さん、派遣さんなんだよね。お昼は、中で食べる派?」

この流れは、もしや――。

これまでの経験則からこの後の会話の流れが予想出来て、少し警戒する。
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