ニセモノの白い椿【完結】

「あれ、木村さんもいらしたんですか?」

白石さんの視線が、目の前の男に移る。
この男、”木村”と言うらしい。

「……お二人、もしかして、お知り合い?」

こちらへと来た白石さんが、不思議そうに私と木村という男を交互に見ている。
私は咄嗟に声を張り上げていた。

「いえ、全然!」
「ええ、まあ」

肯定するんじゃないよ――!

同時に発せられた自分のものではない声に、思わず木村という男を睨みつけた。
知り合いなんかじゃない。知り合いだなんて白石さんに思われたら、どんな知り合いかという話になるだろう。そうなったら、上手い誤魔化し方なんて思いつかない。

なのに、どうしてそんな風にわざと私を困らせるようなことを――!

現に、私だけに分かるように、男は片方の口角を上げて笑っている。

「……知り合いなんですか? 違うんですか? どちらですか?」

白石さんが驚いたような表情を見せるから、私は慌てふためいてとにかく捲し立てた。

「いえいえ、知り合いというのとは違います。この前顔合わせでこちらに来た時に、廊下でぶつかってしまって。それで顔見知りだった、というだけのことです」

この男に余計なことを喋られる前にという、ただその一心だった。
ふふふと、意味もなく微笑で誤魔化す。

そして、私も同じように、この男にだけ分かるようにその目にじっと訴えた。

――あなたの見聞きしたこと、知ったこと、全部なかったことにして。

私の意図を察して欲しい。
そうしたら、わざとらしくふっと息を吐いて、男が席を立った。

「――ええ、そうなんですよ。それで、声を掛けたんです」

とりあえず、話を合わせてくれたようだ。

「そうだったんですか……」

半信半疑と言った表情をしつつ、白石さんがそう零す。

「……じゃあ、僕は失礼します」

「あ、はいっ。お疲れ様です」

白石さんが、立ち去る木村という男を見送る。
その白石さんの背中を見ながら、とりあえず胸を撫でおろした。

でも、ただこの場を切り抜けただけのことだ。全然油断できない。

もし、私のことをこの職場で言いふらされたりしたら――。

恥ずかしくて、耐えられない。
何をどこまで知っているかは分からないが、少なくとも、”酔って喚いた醜態”を晒したことだけは知られている。
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