ニセモノの白い椿【完結】


ちょうど土曜だ。そういうことまで考えて、椿は、俺に別れを告げる日を決めたのだろうか。

どこまで大人なんだろう。
そんなに大人になんてならなくていいって、言ったのに。

憎まれ口を叩く時でもなく、笑っている時でもない、どこか憂いを帯びた横顔が浮かぶ。

彼女を大人のままでいさせたのは、全部俺のせいだ。



着替えてシャワーを浴び、部屋を出る。

世田谷の実家に着くなり、インターホンも押さずに乗り込んだ。

「――陽太、どうしたの?」

「父さんはいるね? まあ、いなかったら、帰って来るまで待っているだけの話だけど」

おそらく、どうして俺が乗り込んで来たかが分かっているのだろう。
母親の顔は、酷く狼狽していた。

「朝から何ごとよ」

「何ごと? 朝から出向かなきゃいけないほどの大ごとだ」

怒りと冷めた感情を滲ませた視線を母親に向ける。

真っ直ぐに居間へと向かう。
廊下から居間へと繋ぐドアを勢いよく開けると、いつもの定位置、ソファの真ん中に新聞を広げて座っていた父親の姿があった。

挨拶も許可もなく、その真正面に腰掛ける。

「朝からなんだ。騒々しい」

ちらりと俺に向けた視線は、いつもと違ってすぐに逸らされ新聞に戻る。
俺の顔は長くは見ていられないということか。

「聞くまでもないですよね? 心当たりがあり過ぎるほどにあるでしょう」

それでも新聞から目を動かそうとしない。

「真っ当な大人が、それも社会的地位のある人間がすることかな。父さんがまず話すべき人間は息子である俺のはずだ。どうして、弱い立場の人間を追い詰める?」

その視線がどこを向こうが関係ない。
一人の男として、この人に、俺は真正面から向き合わなければならない。

「……おまえが、分からないからだ。親の言うことを聞き入れないからだろう」

それでもまだ視線は俺に向けられない。

「聞き入れないからと言って、権力を振りかざすことのできる人間に矛先を向ける。それは、卑怯な人間のやることだ。仮にも俺はあなたの息子だろう? どうして徹底的に向き合おうとしない?」

やっと父親の鋭い視線が俺に向けられた。でも、それには一切言葉を返さない。

「彼女と会ってどうでしたか? 思惑通りに、あなたの要求を受け入れてくれて、それで満足したのか!」

何も分かっていない。本当に、何も分かっていない。

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