ニセモノの白い椿【完結】

episode5 大人の恋の結末は



白石さんからの一報が私の耳に届いた時には、既に木村が銀行を辞めた後だった。

どうして、辞めたりなんか。あんなに頑張っていたのに――。

ドクドクと激しく胸を叩きつける。
思わず胸に手を当てても、いっこうに収まる気配がない。

まさか、お父様と喧嘩でもして感情的になって――?

木村と別れてからの一か月、木村とは会ってもいないし言葉も交わしていない。
ただ、私の方が一方的に職場で見かけただけだ。

その時見た木村は、以前と何も変わらない、外向けの顔をしていた。

木村のためだと信じて別れたのに、結局、親子の関係を壊してしまったんだとしたら。

もっとちゃんと話し合って、木村を納得させるべきだったのか。

辞めた理由は、一体なに――?

もう私はなんの関係ないのに、心がざわついて落ち着かない。
じっとしているのが辛くて、動悸がして。

その日の業務は散々だった。
ミス連発で、社会人としてあるまじき勤務態度で、それは誰より一番自分が自覚している。


相変わらず殺風景なアパートに戻ると、私はじっとスマホを睨みつけていた。

木村に、直接、聞いてみようか――?

そう思いが過っても、すぐに打ち消す。

今さらどんな立場で――?

もう私は木村にとって他人でしかない。
木村だって、私に一言もなく辞めたのだ。

そのことに少なからずショックを受けている自分に、嫌気がさす。

木村には木村の考えがあって、もう自分の道を歩き始めている――。

きっとそうだ。

未だ収まらない鼓動をなだめるように、そう言い聞かせた。

もう一生、木村には会えない――。

木村が辞めたと聞いた時に感じたもう一つの思い。その事実には蓋をした。
深くその思いを掘り下げてはならないと本能的に自分に警告してくる。

別れた時に、覚悟をした。

木村が、どこへ行こうと他の誰かのものになろうとも、どうすることも出来ない立場になる。それが別れるということだ。

いつまでも引かない胸の痛みに、腹が立つ。

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