【コミカライズ】宝くじに当たってセレブな街で契約結婚します!(原題:宝くじに当たってベリーヒルズビレッジの住人になります!)
Chapter ❶
「……魚住さま、本日はお買い上げ、誠にありがとうございます」
お客様をお見送りするために店外に出たところで、お品の入ったショッパーズバッグをお渡しする。
そして、ゆっくりと頭を下げ、そこで一拍ほど静止したあと、ゆったりと頭を起こす。
そのとき、両手は体側にぴったりと沿わせて、指をまっすぐ伸ばさねばならない。
あたしたち従業員は、研修期間中にこの「拝礼」を教育係の先輩からみっちりと叩き込まれる。
なんでも、昔から「やんごとなき方々」がなさる「礼」なのだそうだ。
『わたしが、亡くなった曽祖母からそう教わったのよ』
ジュエリーショップ「Jubilee」の専属ジュエリーデザイナーであり、ブランドイメージを体現するためのアイコンとして、雑誌などの媒体ではモデルも務める久城 礼子による「メソッド」である。
(あたしのような下っ端は、遠巻きに姿を拝見したことはあっても、会話を交わしたことはないが……)
実は、彼女自身が「やんごとなき血筋」の末裔で、世が世なら華族の令嬢だった。
最近では、お辞儀をするときにはお腹の前くらいで手を重ねるのが「正しいマナー」だといって、企業の受付嬢やデパートの店員さんなどがみなこぞってやっていらっしゃるが、我がJubileeの「やんごとなき拝礼」では決して許されない。
お客様に対する言葉遣いにしても、「どうぞいただいてください」という謙譲語を尊敬語とする誤用は言うまでもなく、「ご覧になられますか」のような二重敬語なども慇懃無礼極まりないと、久城 礼子から直々に指導されたという先輩はずーっと目を光らせていた。
——どうやら「地獄」の新人研修はトラウマになっているのか、入社三年目の今でも時折夢の中に現れる。