贅沢な寂しさ ~身分違いの結婚

「時計 買うの?」

背後から 声を掛けられて 私は 振り返る。


「あっ。副社長…いえ…見てただけで…」

緊張して 声が裏返ってしまう私を

悠樹は 優しい笑顔で フッと笑った。


「それ 可愛いね。前田さんに 似合いそう。」

悠樹は 私が気に入った 腕時計を指す。


同じ物に 目が留まったことよりも

私は 名前を呼ばれたことの方が 驚いて。


気が利いた言葉を 返すこともできずに

私は ただ固まって 悠樹を見つめていた。


「すみません。これ 見せてもらえますか?」

店員さんに 声をかける悠樹に


「あっ。あの… まだ買うって 決めてないので…」

予算オーバーなのに… 見ても困る。


上品な店員さんが 丁寧に 取り出した時計。

悠樹は そっと 私の腕に 付けてくれた。


シェル文字盤が 光を受けて 輝いて。

ベゼルと 数字の部分が ダイヤで。

柔らかく 腕に馴染む ブレスレット。


「わぁ… 素敵。」

素敵だけど… こんな高価な腕時計 とても買えない。

「うん。良く似合うね。これにする?」

「いえ。無理です。」

私は 意味不明な言葉を 呟いて 何度も首を振る。


「んっ?他にも 気になるのが あるの?」

「いいえ。でも… 予算オーバーですから。」


私は 深呼吸して 悠樹に伝えた。

悠樹は とても優しい目で 微笑んで。

そっと 店員さんを呼ぶ。


「これ。サイズ合わせて もらえますか?」


だから! 買えないって 言っているのに。


私が 困った顔で 悠樹を見つめると

悠樹は 自分の財布から カードを出した。


「プレゼントさせて。よく似合うから。」

店員さんは 悠樹のカードと 時計を持って 離れていく。


私は さっきよりも もっと強く 首を振る。

「そんな… 駄目です。こんな高価なもの…」

「いつも 美味しいお茶 淹れてくれるから。いいの。」

「それは 仕事だから。お給料 もらっているので…」

私は 動揺して 何を言っているのか わからなくなっていた。


悠樹は クスクス笑って 私を見ると

「それじゃ お返しに 食事 付き合って。」


えっ? そんなこと お返しにならないし。

どうしよう… 


私の手首に 合わせて サイズ調整された時計。

確認のために もう一度 腕に嵌める私。


「包装致しますか?」

店員さんに聞かれて 首を振る私。

「このまま 嵌めて行きます。」

言葉が出ない 私の代わりに 悠樹が答えて。


丁寧に 見送られて 時計店を出て。


「あの… ありがとうございます。時計代 少しずつ 返しますので。」

並んで 歩きながら 私は 悠樹を見上げて 言う。

「ハハハッ。前田さん。最高…」

心地良い声で 悠樹は笑って そっと私の肩を 押した。










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