切ないほど、愛おしい
10代の若造のように何度も何度も乃恵を泣かせてしまった。
恥じらいながら苦しそうに声を上げる乃恵がかわいくて、また俺を煽る。
そんな時間を繰り返しながら、夜を向かえた。


ここに来てから、携帯には手を触れていなかった。
乃恵は職場に休みの連絡をしたようだが、俺は一切の通信を絶っていた。

もう鈴森商事には戻れないかもしれないと、覚悟を決めた。
兄弟のように育った孝太郎と別れることも、力を注いできた仕事を失ってしまうことも、甘んじて受け入れる。
俺は、実の子のように大切に育ててくれた社長を裏切ったんだ。
それに、乃恵は俺といることで陣との仲を絶たれることになるかもしれない。
俺は乃恵を、乃恵が俺を選ぶために失う代償はとても大きい。
でも、
それでも俺たちは共にいたいと願ったんだ。

ガチャッ。
背を向けて眠っていた俺の後方からドアの開く音がした。

薄明かりの灯った部屋を見渡すと、さっきまで横にいた乃恵の姿がない。
部屋の隅で充電されていた携帯も今はない。

職場か、陣か、もしかして麗子か、相手はわからないが連絡を取りに行ったんだろう。
一切携帯を触らない俺に遠慮して部屋の外まで行くことはないのにな。

俺は気づかなかったことにして、もう一度目を閉じた。
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