切ないほど、愛おしい
「乃恵ちゃん」
「はい」

思いのほか険しい表情で呼ばれ、背筋を正した。

「なぜここにいるの?」
「えっと、それは」

今日紗耶香さんと出会ったときの経緯から話すとなると、ずいぶん長くなってしまう。
どうしようかなあと考えていると、

「受診もすっぽかしたでしょう?」
「別にすっぽかしたわけでは」

たまたま紗耶香さんに出会ってしまって行けなかっただけで、さぼったつもりはない。

「連絡もせずに来なかったのは事実でしょ?」
「まあ、そうですけれど」

「なんで連絡しないのっ」
山神先生にしては珍しく厳しい口調。

「それは、たまたま携帯を忘れてきてしまって」

そんなこと誰にでもあることじゃない。
そんなに怒らなくてもと、私は思っていた。

「君と連絡が取れなくなって、心配するとは思わなかったの?」
「それは・・・」

なんだか私が劣勢。
確かに、今日一日私は連絡が取れない状態だったし、私に用があったとすれば心配になっても当然かもしれない。
でも、

「もういい、あとは直接話しなさい。僕なんかよりよっぽど心配していた人がいるんだからね」
先生が言い終わるのと、

ピンポーン。
産院のチャイムが鳴るのが同時だった。

「はーい」

助産師さんの声と玄関の開く音が聞こえて、きっと紗耶香さんのご主人がやって来たんだと思っていた。
しかし、
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