切ないほど、愛おしい
もちろん、浅井コンツェルンとしても言うことを聞かない息子を脅したかっただけで、最初からうちを潰すつもりはなかった。
不幸な事故で家を出てしまった息子が元気になった姿を見て、どうしても取り戻したくなった。
すべては親心から出た思い。
子の親である社長にもその気持ちは伝わったようで、すべてを水に流すことにした。

騒動後、トップ自ら社長に頭を下げ詫びを入れたらしい。
今までの取引先の復活はもちろん、新規の大口契約も決まった。
騒動解決のために奔走した俺としては不満もあるが、社長が納得した以上反論はできない。
業績も右肩上がりだし、なぜか浅井コンツェルンに戻った御曹司と社長の娘一華との結婚まで決まってしまった。

こうしてすべては丸く収まったが、その事後処理は今も続いている。

今回大阪に同行した副社長秘書も、騒動後に浅井のトップが直々に送り込んできた人物。
大手の企業を渡り歩いてきた強者だが、だからといってこの業界に明るい訳ではない。
仕事のできるいい人だが、やはりまだ慣れない。
上層部としては、事件の余波が収まって孝太郎が社長を引き継いだ時の地盤作りなんだろうが、実際現場で働く立場としては苦労も多い。

「もうしばらくは気が休まらないが、とりあえず今日はゆっくりしろ」
珍しく弱気な孝太郎。

「ああ、そうだな。お前もな」
俺も本音で答えて電話を切った。

俺以上の重責を担う孝太郎が頑張っている限り、俺も手は抜けない。
やるしかないんだ。

「さあ、目覚めのコーヒーでも飲むか」

ベットから出たままの姿で、俺は台所に向かった。
< 45 / 242 >

この作品をシェア

pagetop