溺愛音感
初めて訪れた水族館は、いろんな生態を目の当たりにできる展示がとても興味深かった。
筒状のトンネルはアザラシが行き来し、アクアトンネルの頭上にはペンギンが泳ぐ。
巨大な水槽には、海藻や岩の陰に潜む生き物、美しいグラデーションを織りなす銀色の魚の集団や悠々と泳ぐエイがいて、時間が経つのも忘れて見入ってしまった。
外へ出れば、ショーのために作られたプールが三つもあり、イルカやアシカ、念願のシャチのショーを楽しんだ。
シャチのスプラッシュでは、観覧に必須だというレインコートを購入したけれど、完全に防ぎ切ることはできず、真ん中くらいの席に座っていたのにずぶ濡れに。
まさかそこまで本気で水しぶきをかけられるとは思っていなかったらしく、マキくんはショーが終わってもしばらく茫然としていた。
あまりの迫力に泣き出す子もいたが、まさか三十五歳のオジサンが怖かった……わけではないと思う。
「ハナ。次は、どこへ行きたい? 動物園、テーマパーク、野球やサッカー、スポーツ観戦でもいいぞ?」
どれもこれも、子どもの頃に行ってみたいと思っていて、大人になってからも叶えられずにいたささやかな夢だ。
「でも、マキくん忙しいんじゃ……」
「確かに、株主総会が終わるまでは忙しい日が続く。が、大型連休中は何日か休み取るつもりだ。遠出は無理でも、近場なら何とかなる」
「マキくんはどこに行きたい?」
「特にない。ハナが行きたい場所でいい」
「でも、それじゃマキくんは楽しくないでしょ?」
「ハナが楽しそうにしているのを見るのが、楽しいんだ」
当たり前のようにあっさり甘い言葉を口にされ、うっかり泣きそうになった。
(マキくんといると……我慢できなくなりそう……)
元婚約者の和樹との時は、「大人」の恋人同士らしく振る舞うことばかり考えていた。
どう見られるか、どう思われるかばかり気にして、素直な気持ちを言えないことも多かった。
けれど、マキくんには言える。
むしろ、言わなくともわたしの望みを叶えてくれる。
俺様が他人の話を聞かないのは、相手が望んでいること、言いたいことを先読みしてしまうからなのかもしれない。