溺愛音感


「いつか……家族みんなで柾の手料理を堪能して、椿の淹れる食後のコーヒーを飲む。そんな日が来るといいな」


しみじみとした口調で呟く雪柳さんの横顔には、せつない笑みが浮かんでいる。

一度離婚し、また同じ相手と再婚するなんて、滅多にあることではないから、きっと複雑な事情があるのだろう。


(実現するとは思えないけれど、ここでわざわざ雪柳さんの願望を否定する必要はないし……)


こくりと頷いたわたしを見下ろして、雪柳さんは眉根を寄せ、ぼそっと呟く。


「しかし……十も下の『義姉』ができるとは、想像したこともなかったな」

「え?」

「いや、何でもない。俺はこのまま社に戻らなくてはならないから、送ってやれないが……気をつけて帰るんだぞ? 寄り道するんじゃないぞ? 知らない人間には付いていくなよ?」


真顔で言われ、つくづく思う。

――類は友を呼ぶ。


「それじゃあ……」


ペコリと頭を下げ、歩き出そうとした目の前に突然淡いグレーの壁が現れた。


「えっ!」

『Oh!』

「ハナっ!」


ドン、と何かに肩がぶつかり、倒れそうになったわたしを雪柳さんが支えてくれる。

ぶつかってしまった相手は、淡いグレーのスーツをまとったブロンドの美女。
なぜか、わたしを見てブルーの瞳を見開いた。


『Oh, dear! Ha……』

『Meg?』

『Ren? What a coincidence!』


頭上で交わされる早口の英会話から察するに、二人は知り合いのようだ。

メグと呼ばれた彼女は、ひとしきり雪柳さんと話した後、わたしを見下ろしてにっこり笑った。


「こんにちは、ハナちゃん。久しぶりね? 元気そうでよかったわ」


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