溺愛音感
啄むようなバードキスでは物足りなくて、自然と開いた唇の合間から差し入れられた舌に煽られて、身体はどんどん熱くなり、溶け、力が抜けていく。
深くなるキスに溺れ、このまま押し倒されてもいい……と思うほどに膨れ上がった欲望は、しかし余裕たっぷりのマキくんのひと言でお預けにされた。
「ハナ。ところで、今日は何を弾くんだ?」
思わず広い胸を押し退け、睨みつけた。
(いま、この状況で、それを言うっ!?)
マキくんは、しかめ面で首を振る。
「そんな顔をしても、ダメだ。まだ、三キロ増えてない」
「そんなの、計ったわけじゃないのに、わかるのっ!?」
体重計に載ってもいないのに、正確にわかるはずがないと指摘したら、真顔で言い返された。
「何のために毎日シャンプーしていると思っている? 見て、触れば、少しの変化でもちゃんとわかる。一週間、留守にしていたせいで少し減っていた」
「…………」
アーバンの瞳が向けられたのは、盛り上がりに欠けるわたしの胸元だ。
(な……な、な……)
「マキくんの変態っ!」
「変態ではない。女性の身体に欲情するのは、正常な反応だ」
「…………」
「明日からは、毎晩トレーニングとストレッチもするぞ、ハナ。セックスを楽しむには、体力と柔軟性がいる」
「は? た、楽しまなくていいからっ!」
「なぜだ?」
「な、なぜって……」
「どうせやるなら、満足できるものにしたいと思うのは当然だろう?」
真顔で言うマキくんに、返す言葉が見つからない。
(雪柳さんが、マキくんは凝り性だって言ってたっけ……。料理もそうだけど、せ、セックスもとことんまで突き詰めたいってこと……?)
「ハナの好みや要望があれば、応えられるよう準備するぞ? たとえば……」
「な、ないっ! 好みも要望もないっ!」
具体的な例を挙げられたら、恥ずかしさのあまり気絶しそうだと思い、慌てて否定した。
「では、実践から推測し……」
「しなくていいっ!」
「遠慮は……」
「してないっ! 相手がマキくんなら、それだけで満足できるから、特別なことしなくていいっ!」
これ以上この話題を追求されたくなくてそう言ったら、マキくんは驚いたように目を見開き、「そうか」と言ってはにかんだ笑みを浮かべた。
(うっ……なんて顔するのぉ……)
胸がぎゅうっとなって、思わず大きなその身体を抱きしめたくなったが、続けて放たれた言葉に甘い気持ちも吹き飛んだ。
「ハナ、早く大きくなれ」
「はぁっ!? わたし、もう大人だしっ!」
二十五歳の女性を捕まえて何を言う、と憤るわたしに、マキくんは肩を竦めた。
「年齢はそうでも、中身がそうとは限らないからな」
「――っ!」