溺愛音感
空港で売られているのと同じものだとしても、いま食べているおせんべいほど美味しくは感じないだろうと思った。
お土産を貰うのは、どんなものであれ嬉しい。
旅先でその人が自分のことを思って買ってくれたとわかるから。
忙しくて疲れているマキくんが、空港で限定三十個のおせんべいをわたしのために買ってくれたからこそ、すっごく美味しい……のだと思う。
「いらないのか?」
「食べたい、けど……」
「けど?」
「マキくんが時間と労力を使って、わたしのために買ってくれたから、すっごく美味しいんだと思う」
「大した労力は使っていないぞ? 愛想よく振る舞ったら、店員が帰国する日の分を一つ、取り置きしておくと言ってきたんだ」
何てことはないと言うマキくんだが、あきらかに特別待遇されている。
「……もしかして、店員さんって女のひとだった?」
「そうだが?」
「ふうん……」
きっと、鉄のハートだろうと氷のハートだろうと、造作なく解かす王子様モードで愛想よくしたのだろう。
わたしのためにしてくれたのだと、わかっている。
わかっているけれど……モヤモヤする。
「何が気に入らないんだ? ハナ」
「……べつに」
「べつに、という顔じゃないだろう?」
「もともと、こういう顔なのっ!」
「そうか? だとすれば、俺の目がおかしくなったのかもしれないな? いつもの数倍かわいいぞ?」
からかうような甘い声音で問いかけられ、頬を挟んだ大きな手でぐいっと顔を横向きにされる。
目が合ったら、心の中、自分では見えない場所まで見透かされてしまいそうで、つい視線をさまよわせてしまった。
「おい、こっちを見ろ」
「…………」
「ハナ?」
目を合わせてはいけない。
そう思うのに、優しい声で呼ばれると無視できなくなる。
「ヤキモチを焼いたのか?」
「そんなんじゃ……」
否定しきれず黙り込むわたしに、マキくんは追い打ちをかける。
「ヤキモチを焼くのは……俺のことが好きだからだな!」
ちがう! と言いたい。けれど……。
(当たってる……)
笑みを浮かべた唇が近づいて来て、触れた。
おせんべいの箱を取り上げられ、膝の上に抱き上げられる。
一週間ぶりのキスに、どれだけ自分が待ちわびていたのかを思い知らされた。