溺愛音感
「おまえこそ、どうしてこの話を受けたんだ?」
「受けてません! 一方的に呼びつけられたんです! だから、このお話はお断りさせていただきます」
きっぱり、はっきりその気はないと断言したら、社長(毒舌)はむっとした表情で問い返して来た。
「理由は?」
「……は?」
「断る理由だ」
意味がわからない。
(初対面でいきなり貶されて、いまもさらに貶されて、好意の欠片も見当たらないのに、断らないほうがどうかしてるでしょうっ!?)
「この機会を逃せば、俺のようにイケメンで、高収入で、理解も包容力もある相手は二度と見つからないと思うぞ? 無職で、色気も何もないお子さまの面倒を見たいという男は、そうそういない」
「…………」
プライドが高いほうではないと思う。
けれど、カチンときた。
特に、最後の「色気も何もないお子さま」という暴言に。
(イケメンは事実だけど。高収入も、大企業の社長なんだから事実だろうけど。でも、理解と包容力はないよねっ!? だって、毒舌で、ちっとも優しくなくて、その上……)
「……オジサンのくせに」
「なんだと?」
二人の間にあった三歩ほどの距離を詰めて来て、間近にこちらを見下ろしてくる。
十歳も年上で、社長で、偉くてすごい人なのかもしれないけれど、わたしは彼の会社の従業員でもなければ、友人でもない。
アルバイト先のコンサートホールと関係がある人だとしても、いまは完全なプライベート。
それとこれとは話が別だ。
(い、いくら怒ったって、怖くなんかないんだからっ!)
三十センチ近い身長差を埋めるべく、背筋を伸ばし、目いっぱい胸を張って睨み返した。
「断る理由は、年齢が離れすぎているから。上手くいかないと思う!」
「離れ過ぎている? いまどき、十歳差なんて珍しくもない」
冷静そうに見えるが、オジサン呼ばわりされたのが、ショックだったのかもしれない。
こめかみには、青筋が見える。
年齢を理由にするなんて、意地悪なやり方だったかもしれないと、良心がほんの少しだけ痛んだが、ここで引き下がっては女帝(母)の思うツボだ。