溺愛音感


彼女の言うことはもっともで、反論のしようがなかった。

顔を上げていられずに、俯く。

マキくんが帰って来るのを起きて待っていれば、朝も見送りをちゃんとしていれば、顔色が悪いとか、食欲がないとか、いろんなサインに気づけたかもしれないのだ。

彼が忙しいことはわかっていたのだから、呑気に用意されていた朝ごはんやお弁当を食べ、「大丈夫かな」なんて思っているだけじゃなく、もっとちゃんと気遣って、行動すべきだった。


「……何の役にも立たないなら、一緒にいる意味などないわ」


自覚していただけに、グサリと心臓をひと突きされたように堪えた。


「中村! 言葉が過ぎるぞ」


雪柳さんの険しい声にも、彼女はひるまない。


「勘違いしているようだから教えてあげるけれど、あなたではルカの代わりになんかなれないわ。彼女とは、何もかもちがいすぎるもの」


その口から飛び出した名前に、思わず俯いていた顔を上げた。

マキくんと関係のある「ルカ」が、そう何人もいるとは思えないから、『久木 瑠夏』のことだろう。

なぜ彼女が『久木 瑠夏』を知っているのか不思議に思ったが、次々と浴びせられる辛辣な言葉で、思考が停止する。


「誇れるような家柄でもなく、学校に通ったこともない。お情けで面倒を見てもらっているだけじゃないの。共通点なんて、ヴァイオリンを弾くということくらい。それにしたって、大した才能があるわけじゃないでしょう? 才能があるのなら、こんなところで燻っているはずがないものね」


顔を歪めてそう言い捨てた表情は、冷たく、険しい。
わたしのことが気に入らないのだとはっきり言われなくてもわかるほどだ。

何か言おうにも、真正面からぶつけられる負の感情に圧倒され、声が出ない。


「そもそも、九重先輩には瑠夏以上の存在なんて必要ない……いいえ、必要とされていないのよ。どれだけ傍にいても、何年経っても、誰も瑠夏以上の存在にはなれないのよっ」


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