溺愛音感


「……お願いします」

「もし、柾に何か言われたら、俺から聞いた話だと言ってかまわない。ハナが、柾のことをよく知らない相手から聞いた話を信じているとなれば、アイツ激怒するだろうから」

「はい……」

「柾が久木と付き合い始めたのは、大学三年の時。中村が合コンに彼女を連れて来たのがきっかけだ」

「合コン……」

「もともと、柾は高校時代から合コンの類には参加しないヤツだったんだが、その時は手っ取り早く『彼女』を作りたかったらしい。大学の教授に娘との縁談を持ちかけられていて、断る理由を探していたんだ。久木はお嬢様で、柾のようなステータスの相手との付き合いを両親から望まれていた。柾も同じだった。だから、ちょうどいいと思ったんだろう」

「ちょうどいいって、何に?」

「恋人ごっこ」

「恋人ごっこ……?」

「カモフラージュのために、食事や軽いデートを繰り返すだけの清く正しいお付き合いをしようと考えたんだよ。そういうことに慣れていない久木なら、その程度でも十分満足するだろうと思ったらしい。ところが……」


立見さんは、何か思い出したらしく、くすりと笑った。


「久木は清楚なお嬢様の見た目とは正反対のアグレッシブなヤツで、ガンガン柾にアプローチしたんだ。誘われるのを待つのではなく、自分からデートに誘い、ヴァイオリンの伴奏をしてほしいとまで言い出した」


わたしの知らない若かりし頃のマキくんが、彼女と親密な時間を過ごしたのだと思うと、胸がキリキリ痛む。


「ま、そこまで必死だったのには理由があったんだが……」

「理由?」

「合コンで会う前から、なんと二年越しで柾のことが好きだったらしい。友人の演奏を聴きに行ったピアノのコンクールで、当時高校三年生だった柾にひとめぼれ。合コンに参加したのも、偶然ではなく、柾が来ると知って、中村に自分もメンバーに入れてくれと頼み込んだんだ」

(すごい行動力……)


自分には、とてもできそうにない。


「夢を抱くだけでなく、叶えるために行動する。恵まれていても、それを当たり前とは思わず、謙虚に努力する。そういう女だったよ。だから、柾も絆されたんだろう。結局、押しに負けて、カモフラージュではなくちゃんと付き合うことになった。彼女が留学するまで、二年間。歴代のアイツの彼女の中で、最長記録だ」

「彼女が留学したせいで……別れたの?」

「直接の原因はそうだが、卒業後『KOKONOE』に入った柾は、仕事が忙しくて会う時間を取れなかったらしい。そこへ来て、彼女が留学することになり、お互いに続けるのは無理だと判断して別れたと柾から聞いた」


その頃、立見さんはようやく医師免許を取得し、研修医として現場に出ようかというところ。
自分も多忙だし、マキくんも多忙。なかなか会えず、別れたと聞いたのはかなり後になってからだったと言う。

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