溺愛音感
ハナ、空白を埋める①


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ぐぅぅ、と色気のない音が静寂を破るのも、もう三度目だ。


(も、我慢するの……限界……)


疲労困憊だが、これ以上空腹に耐えられそうもない。

緩やかに拘束する腕からそっと抜け出し、ベッドから降り立とうとして……立てなかった。


(うっ……)


思い切り膝を床に打ち付けた痛みに声を上げかけ、なんとか堪える。

足の感覚がおかしい原因には、心当たりがありすぎる。


(マキくんめ……)


立って歩けるようになるまでしばらくかかりそうなので、そのまま四つん這いの姿勢で進もうとしたら、背後でバシバシと不穏な音が聞こえた。

恐る恐る振り返ると、俺様が腕を伸ばしてシーツを叩いている。


(起きて……は、いないみたいだけど……もしかして、わたしを探してる?)


起き出されて、再びベッドへ連れ戻されては堪らない。
床に落ちていたシャチをマキくんの近くに置いてみたら、すかさず抱き寄せ、大人しくなった。

抱き心地が気に入らないのか、眉間にシワを寄せているが、我慢してもらおう。


(これでよしっ!)


息を殺し、できるだけ物音を立てないように寝室を出て、キッチンへ。

冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、まずは水分補給。
それから、明日の朝食にするつもりで買った食パンをそのまま齧りながら、スマホで「お粥」のレシピを検索してみた。

前に食べた「お粥」は超絶美味しくない代物だったけれど、病人食だし、いまのマキくんにぴったりなメニューのはずだ。

ごくシンプルな見た目から、きっと作るのはそれほど難しくないはず、と予想していたのだが……。

「お粥」で検索すると、卵粥、ミルク粥、中華粥など様々なレシピがずらりと表示された。

しかも使う道具がいろいろちがう。


(土、鍋……つちなべって? こんなお鍋、マキくん使ってるの見たことない……。ミルクパンとかじゃダメなのかな? ん? 炊飯器で作る? なぜ、炊飯器?? あれは普通のお米を炊くものじゃあないの……?)


作る手順どころか、そもそも「何で作るべきか」という、初歩的なところでつまずいた。


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