溺愛音感


ここは、誰かに訊くのが一番早いと思い立ち、迷わずミツコさんに電話を架ける。


『もしもし、ハナちゃん? どうしたの?』


お店の営業時間中だから、すぐには繋がらないだろうと思いきや、ツーコールで応答してくれた。


「こ、こんばんは、ミツコさん。あの……ちょっと訊きたいことがあって……いま、大丈夫ですか?」

『大丈夫よ。なぁに、訊きたいことって? お料理のことかしら?』

「はい。あの、お粥を作りたいんですけど、何で作ればいいのかわからなくって……」

『お粥? ハナちゃん、具合が悪いの?』


ミツコさんの心配そうな声に、慌てて否定する。


「いえ! わたしじゃないんですけど、ま……あ、あのぅ……そのぅ……」


マキくんが、と言いかけて「秘密」だったと思い出し、口ごもる。

ミツコさんはそんな私の様子に突っ込むことなく、「そうなの。大変ね」と呟いたきり、しばらく沈黙していた。

が、突然やけに明るい声で「じゃあ、用意して持って行くわ」と言い出した。


「え?」

『材料をそろえて、できる限り下ごしらえして三十分後くらいにお伺いするわね』

「え、あのっ、ミツコさ……」


わたしが何かを言う前に、ミツコさんは電話を切ってしまった。


(み、ミツコさんが来る……のに、この格好はマズイよねっ!?)


とりあえず、物音が響かないよう寝室のドアをきっちり閉め、慌ててシャワーを浴びる。

部屋着にしているジャージ素材のロングワンピースに着替え、髪を乾かすのももどかしく、タオルでガシガシ拭きながら、落ち着かない気持ちでリビングをウロウロ。

電話をしてから、三十分を少し過ぎたところで、スマホが鈍い音を立てて震えた。

ミツコさんから、マンションのエントランスに着いた旨のメッセージが届いている。
ロックを解除し、部屋の階数を返信してから玄関のドアを開けて待つこと数分。

ほどなくして到着したエレベーターから降り立ったミツコさんは、小さな段ボール箱を抱えていた。


「こんばんは~、ハナちゃん」


< 248 / 364 >

この作品をシェア

pagetop